5年目の『A Life Too Short』

ハノーファーのGKであり、ドイツ代表でもあったロベルト・エンケが自ら命を絶って5年がたちました。

エンケの本『A Life Too Short』は、すでにかなり前に読み終わっていたのですが、思い出すとやりきれない気持ちになってしまうので、なかなか触れることができずにいました。一つのノンフィクションとしても非常に完成度の高い本ですが、結局は誰もが知っている最後の結末は変えることが出来ないため、読んでいる途中で絶望的な気持ちになってしまうのです。

本の中でエンケがだんだんに鬱の症状をひどくさせてしまう出来事が起きるのも辛いのですが、何よりも彼のために自分のこと以上に献身的に尽くす奥さんのテレサや、代理人というよりも真の友人であるネブルンクの存在があっても、自ら死を選ぶことを誰も止めることができなかったという事実には打ちのめされました。
またスペイン時代に少しずつ元気をなくしていくエンケの状況は、GKがどれだけ繊細な心の持ち主なのか、サッカー選手がどれほど環境に左右されるのかということを物語ります。

今月、11Freundeの156号にエンケのチームメイトであり、エンケが亡くなった後の辛い時期にハノーファーのゴールマウスを守ってチームを残留させたGKのフロムロヴィッツの文章が掲載されました。
「Robert und ich」(ロベルトと僕)という寄稿文は、彼がチームメイトとしてエンケと過ごした日々や、亡くなった後のハノーファーでのシーズン、その後ツィーラーにチャンスを与えるスロムカの元で出場機会を失ったことで移籍を決意し、いくつかのチームを転々とした結果、ついには三部のヴィースバーデンに所属するようになったことについて淡々と語っています。

エンケが亡くなって5日後のシャルケ戦、何も感じることができず催眠状態のようになっていた彼は、テレサのお母さん(エンケの義母)が「あなたはこれからの数ヶ月を全力で乗り越えなければならない。でも私たちがあなたの後ろにずっとついているから」と言った一瞬の間だけがクリアな状態だったと語ります。

残留した翌年の2010/11シーズンでは、最初はレギュラーとして良いシーズンを送りながらも、若手にチャンスを与えたいとツィーラーを起用し始めたスロムカの元で出番を失ったこと。どうしても試合に出場したかった彼はデュイスブルクに移籍し、そこでも監督の交代で居場所を失い、さらにディナモ・ドレスデンへ移ったこと。多すぎるGKの中で出場も移籍も思うように行かず、世界の意味がわからなくなってしまったこと。

もちろん誰もが自らの手で幸せは作るものだし、僕が全く失敗をしなかったとは言いたくない。それでもしばしば人生の意味だとか、存在についての恐れを持つようになった。どこまで深みにはまっていくのだろう?

フロムロヴィッツは2009年ドイツU21の代表で、ノイアーやエジル、ベニーなどと一緒にプレーしていたので、彼のことは若いときから知っています。その頃はビッグマウスで自信たっぷり、自分の将来について何の不安も持っていないように見える能天気な選手でした。エンケの死がどう作用したかについては彼は詳しく書いていませんが、端から見ても雰囲気の変わってしまった様子を見ると心が痛みます。

エンケが亡くなって5年、奥さんのテレサはたまにサッカー界は何も変わっていないと言ったりしますが、フロムロヴィッツは徐々に敏感になってきていると考えているようです。心理面の世話をするクラブも増えてきたし、鬱病について語ることはタブーではなくなってきたと言います。もちろんサッカーにはプレッシャーがつきもので、うまく機能できなくなればそこから追い出されます。「でもそれってサッカーだけの話じゃないよね?」とフロムロヴィッツ。

そんな彼もU21代表時代の仲間が今年のワールドカップで優勝する姿を見て少し物悲しく感じたと書いています。

いまのところ、三部のヴィースバーデンでも出場機会がないのですが、再びサッカーに楽しさを見いだしているという一文に救われます。
自ら命を絶つことがどれだけ周りの人に影響を与えるのか。フロムロヴィッツにとっての5年間、奥さんのテレサにとっての5年間、そしてサッカー界にとっての5年間。いろいろと深い物思いにふける夜です…。