スタンブリ:ルール地方のフランス人

今季、副キャプテンに任命されたベンジャミン・スタンブリのインタビュー記事を訳してみました。『11Freunde』204号のフランス特集に掲載されていたもので、本当は昨年12月のルールダービーの前に出したかったのですが、諸事情により遅くなりました。日本人選手から見たドイツの話は目にしますが、隣国のフランスから見たドイツはどうでしょうか。

またベンジはトッテナム・ホットスパーでもプレーしていたので、英国、ドイツ、フランスと、それぞれのファンの違いなども語ってくれています。インタビューアはRon Ulrich。翻訳をブログに載せてもいいかと聞いてみたら、快くOKとGlück aufの返事をくれました。ベンジの語り口を断定調にしていますが、実際のインタビュー文では二人ともSieを使った丁寧な語り口になっています。クールなイメージのあったベンジが実は非常に熱い男であることがわかり、彼のことがますます好きになりました。

 


»Wir sind Schalker, asoziale Schalker« at 11Freunde.de

ベンジャミン・スタンブリ、あなたのお父さん、アンリは監督でした。あなたのおじいさん、ジェラルド・バニデもモンペリエとモナコを率い、おじのローランも同様です。あなたの家のクリスマスはどんな感じなのでしょうか?

「僕たちは本当に一日中サッカーについて話している。僕のおばあちゃんと母親も話しに加わったりできるけど、時々はあまりにやり過ぎることもある。一度、僕たち男性陣は食卓の上に水瓶と塩入れとグラスで4-4-2を作った。父親やおじいちゃんは僕に、ディフェンスはどうあるべきか、その違いについて説明をしたがった。つい母親が我慢できずに『もう気はすんだ?さあ食べましょう』と叫ぶほどにね」

このような有名な家族の出身であることの良い点、悪い点はなんでしょう?

「子供の頃からすでに、スタンブリの一員として、肩に重圧を感じることもあった。僕は家族に、上手くいっていると評価してもらいたかった。でも家族が観客として試合に来ると、落ち着かなくなる。14歳の時にプレーしたカンヌでのアウェイゲームは、人生における最悪のものだった。僕は怒りのあまり泣いてしまった。おじいちゃんが僕のそばに座り、『お前が農夫だろうが、パン屋だろうが、サッカー選手になろうがかまわない。私たちはお前を愛している』と言った。心が楽になったよ。おじいちゃん、パパ、おじさんのアドバイスを聞くことができたのはとても良いことだった」

一番特別なアドバイスとして刻まれていることは何ですか?

「17歳の時、モンペリエのユースアカデミーとの契約が終了した。僕はフランス軍にもう少しで入るところだった。特別部隊に参加したかったんだ。ある日、おじいちゃんがたまたま訪ねてきて、机の上にあった申し込み用紙を見つけた。おじいちゃんは『サッカーをした方がいい。軍隊の精神でな』とアドバイス。この言葉には今でも感謝している」

子供の頃にはドイツのサッカーも見ていましたか?

「ブンデスリーガをフランスに紹介した、ジャーナリストのジャン=シャルル・サバティエの番組を見ていたよ。ちょうどジョアン・ミクーのいたブレーメンが優勝した時だった。ミクーには魅了されたし、その後、トークショーで彼と会うこともできた。本当に良い人だ。サッカー以外で覚えているのはドイツのTVシリーズを見ていたこと。警官がピエロのマスクを被って事件を解決するんだ。確か『Der Clown』(ザ・クラウン)だったかな。すごく良かった」

フランスではモンペリエやパリ・サンジェルマン、それからシャルケで3年。選手の一日で、フランスとドイツの大きな違いは何でしょう?

「ドイツではまだ2人の監督しか知らないけど、なんといっても目につくのは、練習での高いインテンシティだ。ここでは丸々一週間、週末の試合にスタメンで出るために自分の力を証明しなければならない。フランスではもう少し自分のフォームを保つためや、選手がゆっくりと試合のリズムになるようにトレーニングをする」

つまりこの国の方が練習ではよりハードということですか?

「ドイツは間違いなくフィジカルにより重きをおいている。僕たちはよくアウフ・シャルケのジムに行ったり、シーズン中でも走り込みやスプリント練習をしたりする。ドイツの方がペースは速い。フランスではたびたび戦術的なトレーニングをする」

ネーベン・スボティッチが、ドイツとは反対に、フランスでは監督が攻撃面でたくさん自由を与えると言っていました。

「それは事実だね。監督だけではなく、チームとしてもそうだ。全てにおいて選手は違いを見せようと競いあう。例えばドリブルをして、引っかかって動けなくなっても、問題はない。その時は誰かが体を張って助けてくれる。フランスではドリブルの評価は高いんだ。たとえ自分がそういう能力を持ってないにしても気に入っている。でも僕は名人のために喜んで汚れ仕事を引き受けるよ」

ドイツのリーグに自分のプレーを合わせる必要がありましたか?

「ピッチの上ではそれほど自分を合わせることに難しさはなかった。スタート時点ですでに順応することが必要とされているからね。あらゆる細かなことが重視される。時間を守りなさいとか、健康的に食事をしなさいとか、グループに溶け込みなさいとか。なにもかもが試合に使われるかどうかに影響を及ぼす。家では大目に見てもらえるよ。ただドイツではミーティングに遅れたり、場にふさわしくない服装をしていたりすると、集団として敬意が欠けているという取られ方をする」

最初にそこに気がついたのはいつですか?

「トレーニングで何か試した時だった。たとえば、チップボールを蹴ったり、アウトの甲でパスをしたりすると、監督から直接『それはだめです』と言われた。ほー、と僕は思った。ここでは真面目でないといけないんだ。ふざけたことはダメ。ここでは仕事。1年目はこの点を監督に認めてもらうよう、強い意思で我慢しなければいけなかった。それでましに感じるようになった」

ドイツでもフランスと同じように、ひとつのチームがリーグを支配するという問題がありますが。

「パリとバイエルンはとんでもなく質が高い。でも他のチームも勇気を持たないといけない。支配は打ち破ることができる。良い例が2012年のモンペリエだ。僕たちは完全なアウトサイダーだった。たぶんドイツで言うならアウクスブルクかな。そしてフランスのマイスターになった。僕たちにはメンタリティ、チームスピリット、継続性があった。そしてパリで引き分けたあと、ビッグクラブでも僕たちを止めることができないと自覚したんだ」

モンペリエのルイ・ニコラン会長はかなり異色の方でした。優勝祝勝会はどうだったのですか?

「彼は髪をチームカラーに染めて、300ヘクタールある広大な土地に僕たちを招待した。そこで、水牛や馬からほど遠くないところで、正真正銘のパーティやダンスをしたよ。チームメイトのレミ・カベッラは自分の車にクラブカラーのオレンジ色を吹きつけられ、会長にそのことを話した。ニコランは財布をさっと取出し、塗装を落とすために5000ユーロを払った」

シャルケとモンペリエは比較できますか?

「どちらのクラブも労働者が設立した。モンペリエは軍隊、シャルケは鉱山労働者。でもモンペリエの方がはるかに小さいし、町ではハンドボールとラグビーが盛んだ。シャルケはサンテティエンヌとレンヌをミックスしたような感じかな。両方の町ともクラブのために生きているし、スタジアムは白熱した試合で文字通り揺れるんだ」

3か国でプレー経験がありますが、どのスタジアムの雰囲気が圧倒的でしたか?

「フランスではRCランス。一度だけそこでプレーしたことがある。スタジアムが『Les Corons』を歌うのを聞いたのは、ロッカールームから出てきた時だった。対戦相手でも鳥肌がたった。『Bienvenue chez les Ch’tis』(ようこそ、シュティの国へ)という映画を知ってる?大好きな映画のひとつで、35回は確実に見ているな。あるシーンでスタンドがこの歌を歌い、一人のファンの頬を涙が伝うんだ。イングランドではオールド・トラッフォードがベストだと思う。そこでのサッカーの歴史がとても興味深いし、文字通り、カントナがすぐそばにいるように感じる。ドイツではアウフ・シャルケの雰囲気が一番だ」

そう言わないといけないですよね。

「信じて。僕たちは2012年に、モンペリエと共にアウフ・シャルケでチャンピオンズリーグを戦った。その時、ここで2週間プレーできたらなんて素晴らしいだろうなと思い描いた。2016年、ちょうどあるビッグクラブと交渉をしていた時、代理人がシャルケが興味を示していると話してくれた。僕は他のすべての話を打ち切ってすぐに契約にサインした。このようなスタジアムでプレーすることは特権だよ。でも、僕の両親が最初にアウフ・シャルケに来た時、最も夢中になって話したのは何か、当ててみて」

アレーナの屋根?

「違う、違う。ビールだよ!『ここではみんな10杯もビールを飲むのに酔っぱらわない!ゴールの時にはビールを空中に投げる。ファンタスティック(笑)』ってね」

ドイツのスタジアムの雰囲気は?

「素晴らしいファンがいる2つの国、イングランドとドイツ。イギリスにウルトラスがいないのは、彼らの気質にあまり合わないから。観客は起きていることにすぐに反応する。全てのタックル、全ての一対一に、ううううううとか、あああああとかで、ピッチの上を体感する。でもそれほど動きがない時は、雰囲気を緩めることもできる。それに反して、シャルケのファンは休みなしの声援だ。耳から離れないゴール裏のチャントを楽しんでいるよ。僕は一日中歌っている。シャワーの時も」

どの歌ですか?

「(歌いながら)『Wir sind Schalker, asoziale Schalker, schlafen unter Brücken oder in der Bahnhofsmission』(俺たちシャルカー、反社会的シャルカー、橋の下や駅のベンチで寝ている)
これがなんといっても一番好きな曲だ。最初は歌詞が理解できなかったけど、ラレ・フェアマンやレオン・ゴレツカが教えてくれた。ここに織り込まれている考えが気に入ったんだ」

実際のところ、シャルカーは以前はそのことで敵からからかわれ、自ら受け入れるまでになりました。

「うん、そこがすごいところだ。僕たちはクラブや地域の歴史を知っている。多くの人々はそれほどお金もないけど、自分たちのクラブを誇りに思っている。他の人なら恥ずかしがるかもしれないが、ここでは人々が叫ぶ。『たとえお金がなくて、どこで寝ようとも、どうでもいい。肝心なのは後からついて行くことさ』。僕はこれを愛している」

フランスで好きな歌はどのような内容ですか?

「もちろんモンペリエの歌だ。(歌いながら)『私は青とオレンジのユニフォームに恋をした。青は地中海、オレンジは夕焼けの太陽』」

ルール地方に来た時の最初の印象は?

「直接的なところにすごく驚いたことを認めるね。フランスではみんなとても控えめにしている。イングランドではとにかく選手は完全に隔離されている。ここではトレーニングから戻る時、観客が話しかけてくる。『うい、スタンブリ、土曜日は勝ち点3な』。他からは『ミスはなしだぞ』。僕はチームメイトにどのように反応するべきか聞いた。直接答えるのは傲慢なんじゃないかと恐れていたんだ。でも人々はまさにそれを待っている。それで、『わかった、ミスはなしだ。勝ち点3取るよ』と言った」

どう反応しましたか?

「『それを聞きたかったのさ、スタンブリ』。そしてサムズアップ。あまり普通ではないかもしれない。でも、自分の考えを明らかに顔に出しながら、肩をたたき、いなくなると悪口を言うよりはずっと良い」

ドイツ語とはどのように付き合っていますか?

「落とし穴だらけだ。最初はなぜChéri(ダーリン)と言っているのだろうと思った。シェリ?そのうちわかった。みんな『シリ』(Schiri・審判)と言っている。レオン・ゴレツカのようなチームメイトが、いろいろ役に立たない言葉を教えてくれた。例えば『Da wird der Hund in der Pfanne verrückt.』(信じられないくらい驚いた)とか」

ドメニコ・テデスコ監督はフランス語も流暢に話します。

「そうだね。監督は言葉や単語で遊んだりする。この前、ナビル・ベンタレブとアミーヌ・アリがビリヤードをしていた時、監督は僕に『ベンジ、ils sont fouuuuuuu』(二人とも頭おかしい) と叫んだ。監督はよくフランス語で冗談を言う」

彼が非常に知的であることは知られています。

「僕はそれほどインタビューを念入りには見てない。監督はとても気さくにもなれる。しっかりとチームの近くにいて、僕たちと良い繋がりを持っている」

あなたはドイツ語を早く習得しましたね。最初はナビル・ベンタレブと授業をズル休みしたとか。

「待って。ズルではないよ。僕たちはその頃、週に3試合あって、リーグはとても調子が悪かった。一日だけぐっすり眠れる日があって、その日は朝8時から授業があった。『ドイツ語の勉強。問題ない。だが僕たちは休みもとらなくちゃ。何試合か負けている。今はサッカーを第一にしないと』。 僕はクラブ職員と長い議論をし、彼は出席することにこだわった。最後に僕は言った。『オーケー、僕は無礼なことはしたくない。ただ欠席する。先生には僕が行かないと言ってほしい』。僕はいないと、まず先に告げたんだ」

ストライキの予告。とてもフランス的です。

「フランスっぽいでしょ?僕たちはストライキをするのが好きなんだ。今ではフランスのレベリオン(反抗心)とドイツのデシィプリン(規律)のバランスを見つけようとしている。僕は議論をするのが好きだ。ナビル・ベンタレブも同じだ。僕たちは一日中おしゃべりをしている」

あなたたちはスパーズでもシャルケでも中盤では直接のライバルですが。

「はっきり言ってそれには全く興味がない。ナビルはここでは一番の友達だ。僕は6番も8番もディフェンスもプレーできる。もしライバルと一言も言葉を交わさないようなタイプだったら、かなり孤独だろうね。ピッチでは友達がいないというのは知っている。でもそれ以外では競争やライバルは全く考えない」

フランスとドイツでは、どちらの国が友情を結びやすいと感じますか?

「簡単な質問ではないな。でもこう答えるだろう、ドイツだ。ここの気質として、集団の中で物事をとらえる。フランスでは選手はもう少し自分自身やキャリアに目を向けている。でも人は染まる。フランス人の友達と会う約束をして、時間きっかりに訪ねた。『ベンジ、どうした?とてもドイツ人ぽくなったな』」

ドイツで全く理解できないことはありますか?

「ある時、家庭ゴミを持って出た。車へ向かう途中で、うちの大型ゴミ収集箱まで回り道をしたくなかったので、袋を隣の函に投げ入れた。いきなり隣人が出て来て、議論し始めた。『それはだめだ。それは私のゴミ箱だ』。彼は完全に激怒していた。しばらくして僕は思った。『頭がおかしい!ここドイツでは、人々は自分のゴミ箱のために戦うのか!』」

最後になりますが、あなたはノースロンドン・ダービー、パリマルセイユ・ダービー、ルール・ダービーを経験しています。どの試合が一番強烈でした?

「間違いなくレヴィア・ダービーだ。パリ対マルセイユもすごいけど、厳密に言うとダービーではない。スパーズファンはチェルシーなんかも好きじゃない。ここシャルケでは、たった1つの大きなライバルがいる。ファンとの対話では名前を言っちゃいけないんだ。ただの『黄色』とかね。昨シーズンのダービーは決して忘れることはできない」

特によく覚えていることは?

「その週、最初のダービーの前に、ラレは僕たち選手のWhatsAppグループに、レヴィア・ダービーのドキュメンタリーを投稿した。鳥肌がたったよ。僕の家族はフランスからやって来た。試合では僕はオウンゴール、0-4でハーフタイムを迎えた。ロッカールームで、監督がみんなを近くに集めて言った。『ある人は時計を集めたり、他の人は車を集めたりする。だが私たちは”瞬間”を集めよう。まさしくそれをやろう。みんな、セカンドハーフを勝とう』」

それは本当にうまくいきました。

「『ベンジ、今こそ男を見せなくては』、しか考えてなかった。 僕は2アシストをして、チームは0-4から4-4にした。なんて試合だろう!僕はペンをつかんで、ユニフォームに4-0と書いた。それはまだうちのタンスに保管してある。誰にも、ガールフレンドにも触らせたり、見せたりしない。僕だけの聖域だ。いつの日か、僕の子供にプレゼントして、この信じられない日について話すんだ」

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