ヨコハマ・フットボール映画祭『マリオ』

2月にヨコハマ・フットボール映画祭で「マリオ」を見てきました。久保裕也選手も所属したスイス・スーパーリーグのBSCヤングボーイズ。そのU21を舞台に、ドイツのハノーファーからレオンという新規加入選手が移籍して来るところから、話は展開していきます。

強引ではあるものの、ストライカーとして卓越したプレーを見せるレオン。父親の期待を一身に背負い、ユースで順調に育ってきたマリオは、同じポジションでトップチームへの昇格を目前にしているだけに、ライバルとなるレオンの存在が気になります。

レオンとマリオが共に協力し合ってプレーすれば、チームはさらに成績が上がると考えたクラブは、二人が同じ宿舎で共同生活をすることを提案します。自宅を出て初めて他人と生活をするマリオ。ぎこちなかった二人はだんだんに打ち解け、コンビネーションも良くなり、共にチームでポジションを確保するようになりました。

そんなある夜、TVゲームをしているマリオにちょっかいを出してふざけるレオンは、抑えきれずにマリオにキスをしてしまいます。最初は驚いて怒るマリオですが、ついにはレオンと恋愛関係に陥ります。隠していたものの、二人の関係はそのうちチームメイトの噂にも上るようになり、さらにクラブ上層部にも呼び出され……。

現在、公開中の「ちいさな独裁者」でも話題のスイスの若手俳優、マックス・フーバッヒャーが、サッカー選手としての夢が閉ざされる不安に悩む一方、レオンへのあふれる恋情を押さえきれないという役柄を演じています。マリオは時に若者特有の身勝手で自己中心的な行動をとるのですが、フーバッヒャーは心の動きを表情で演じるのが実にうまく、フィクションでありながら、ドキュメンタリーを見ているようなリアルさが伝わってきます。彼はまた、実際にサッカー経験もあり、いかにも有望なプロサッカー選手らしく見えるところも、映画にリアリティを付け加えています。

監督のマルセル・ギスラーのインタビューによると、映画の構想自体は8年ほど前からあったそうです。共同執筆者のトーマス・ヘスが大のサッカーファンで、彼から原案を聞いたとき、ギスラーは似た内容の映画はすでにたくさんあるだろうと考えました。しかし調べると、プロサッカー選手の同性愛者という映画は存在しませんでした。さらにギスラーは、フットボールの世界においては、たとえゲイの選手がいても誰もオープンにしないことに対し、いらだちがあることに気がつきます。

2014年、映画製作の資金が確保できた時、ギスラーはこのテーマについてオープンなサッカーチームを探しました。協力してくれるクラブがないだろうと、架空の設定も考えました。しかしスイスのヤングボーイズは、サポーターがリベラルという土壌もあり、スポーツディレクターのフレディ・ビッケルが最初の会合で映画のフルサポートを約束し、ギスラーを驚かせました。またヤングボーイズは、脚本の詳細を練り上げるための細かなリサーチにも協力。背景となるプロサッカーの世界も、できるだけ現実に近いものにしたいという監督の希望がかないました。

ドイツでも協力してくれるチームを捜し、最初の選択がザンクト・パウリでした。パウリはヤングボーイズよりもさらにこういうテーマに前向きです。例えば今シーズンのザンクト・パウリのユニフォームにはLGBTをサポートする虹のマークが入っています。そういう背景を知ってこの映画を見ると、そこに込められたメッセージにも気がつくことができます。

 

映画の中で、マリオとレオンの関係を知ったクラブは、表面上は問題ないように振る舞いますが、実際には、その後、マリオへハンブルク(ザンクト・パウリ)への移籍を薦めます。ギスラー監督はインタビューではこのように語ります。

今日ではどのクラブも『ゲイの選手は受け入れない』とか『カミングアウトを望む選手をサポートしない』とは言わないでしょう。リベラルであるふりをしていてもしょせんは外部の話です。誰も自分がホモフォビアであることは明らかにできないからです。だから『もちろん開かれているよ』と言いますが、クラブの中を見てみると、このようなトピックに関わったり、意識したりはしていません。ただ興味がないのです。

映画祭の後にトークショーがあったらもっと話が深まったのに、と思うと残念でした。ドイツサッカーを取り巻く最近のトピックについて説明があれば、より理解しやすくなる映画だったとも思います。

ギスラー監督もこのように語っています。

私の映画がどのように受け止められるかについては心配になります。このテーマゆえに特に神経質になるというわけではありません。私の希望は、映画が単にゲイコミュニティだけではなく、幅広い観客に届いてほしいということです。映画が何かに働きかけることができたら、議論を続けていく小さなきっかけとなりうるかもしれません。

好きな人が同性であるだけで、サッカー選手になる夢をあきらめなければいけないのか。あるいはずっと隠し通して、自分と周りをだまし続けなければいけないのか。ドキュメンタリーのような映画は、最後には観客を突き放すように終わります。あなたはどうしますか?と見る人すべてに問いかけてきます。

 

ところでこの映画には、サッカー小ネタもいくつかあったので下記にメモしておきます。一緒に見た友達と、終了後はああだった、こうだったと盛り上がりました。そういう意味で、できればドイツサッカー好きにも見てほしかった映画でした。

ザンクト・パウリの試合は無人のミラントア・スタジアムで撮影され、観客はデジタル技術で後付けされたのだそうです。実際に見るとかなり臨場感のある映像になっています。

ヤングボーイズのあるベルンは、スイスでもかなり訛りのあるスイスドイツ語で、ハノーファーから来たという設定のレオンが話すドイツ語とは明確な違いがあります。映画の中ではその違いについて冗談を言う場面もありました。

ザンクト・パウリに移籍したマリオのチームメイトにフェルホークがいたり、対戦するチームがカールスルーエだったことで、舞台設定は2015/16シーズンかなと推測。レオンという名前に関連してか、子供たちがサッカーゲームで遊ぶときに、ゴレツカの名前が出てくることも。

ヤングボーイズU21の監督役であるヨリス・グラットヴォルは、スイスのFCアーラウでプレー経験のある元プロサッカー選手。引退後に俳優を志したのだそうです。端役ですが、『ベルンの奇蹟』にも出演しています。

ハノーファーU23からやってきたレオンの選手プロフィールを調べるマリオ。表示されているのはお馴染みのTransfermarktのサイト。やはり選手であっても、調べるソースは同じなのねと面白かったです。

映画『マリオ』は、こういう問題はオープンに受け止めて行かなければならないだとか、こうあるべきだという結論がなかったことで、逆にずっと頭に引っかかる映画となっています。ただ、すべてはラストシーンのマリオの表情が物語っていると感じます。おそらくこの先、日本で公開されることも限られているだろうと思うので、ブログでまとめてみました。見る機会があったらぜひ。