Bisher bei Babylon Berlin…

(写真のKaDeWeは戦後に再建されたものです)

 昨年末、BS12で「バビロン・ベルリン」シーズン3の放送があり、それに合わせてシーズン1、2も再放送されました。以前の放送は見逃がしてしまったので、今回やっとシーズン1から3を通しで視聴。噂通りの素晴らしいドラマでした。

ヴァイマール共和国末期の絢爛たる狂乱の時代を舞台に、ストーリーはもちろん、音楽やファッションもとにかく素晴らしく、あっという間にドラマの虜になりました。シーズン3を見終わった直後は、寝ても覚めてもバビロン・ベルリン中毒状態。シーズン1、2のテーマ曲となる「Zu Asche, Zu Staub」のメロディーがずっと頭から離れず、目の前の2020年が急に1930年代にタイムスリップしたように、ふわふわと浮いたように日々を過ごしました。

 物語の舞台は第一次世界大戦終了から10年たった1929年のベルリン。ゲレオン・ラート警部は、ケルン警察高官の父の依頼で、あるフィルムを探すためにベルリン警察の風紀課に移ってきます。父の話では、ケルンの大物政治家がこのフィルムを元に脅迫を受けているとのこと。秘密裏に取り戻して処分することが、父から託された使命でした。第一次世界大戦で塹壕戦を戦ったゲレオンは、PTSDに苛まれ、モルヒネが手放せません。さらに震えの発作に襲われているところを、警察でアルバイトをしていたシャルロッテ・リッター嬢に目撃されます。風紀課の上司ブルーノ・ヴォルターは平気でルールから逸脱したり、容疑者に暴力を振るったりしますが、仲間としては頼りになる人物にも見えます。

 ドイツを舞台にした物語というとナチ・ドイツが多いですが、この物語は第一次世界大戦が終わり、短いヴァイマール共和国の始まりと共に、タブーにとらわれない多様な価値観が狂い咲いたような時代を描いています。ヴァイマール共和国の憲法は民主主義の理想を掲げていますが、政権としては不安定で、左からは共産主義者、右からは国民社会主義ドイツ労働者党、さらには王政復古を目論む保守派からも攻撃を受けています。

 また、ハイパーインフレを経て誰もが働かざるをえなくなり、憲法によって参政権も得た女性が、どんどん社会参加をしていった時代でもあります。バビロン(バベル)的な退廃と繁栄で世界都市へと成長したベルリン。シリーズ1と2では、1929年5月1日のメーデーをはさみ、ロシアからの列車をめぐる謎に満ちた殺人事件が多発します。新しいシーズン3では、トーキーが本格的になった映画撮影での殺人事件がメインとなります。シーズン1、2では事件そのものより、主要な登場人物を取り巻く謎や、時代背景、陰謀などにより焦点が当てられていました。

 「バビロン・ベルリン」の原作とされるフォルカー・クッチャーのゲレオン・ラート・シリーズにも触れておきたいと思います。1作目の『濡れた魚』が創元推理文庫から出版されたときは、ヴァイマール共和国の終焉とナチの台頭を背景にした意欲的なチャレンジとして、日本でも話題になりました。シリーズ1冊ごとに1年が経過、全10冊で1929年から1938年までの10年間を描きます。現在のところ、日本で刊行されているのは3作目の『ゴールドステイン』まで。ドイツでは昨年、8作目の『Olympia』が刊行されました。『Olympia』の舞台となる1936年はベルリン・オリンピックの年です。1~3作が日本では絶版の状況を見ると、4作目以降はもう出版されないだろうという気がします。ドラマも最高に面白いですが、警察小説と推理ミステリーの要素がより強い原作も味わい深く、読むとドラマの世界が理解しやすくなるはずです。ドラマの「バビロン・ベルリン」シリーズが日本で大ヒットし、原作の出版を望む声が大きくなるといいのですが。(それもちょっと難しそう)

 現在までに刊行されているゲレオン・ラート・シリーズは下記の通り。

Der nasse Fisch(濡れた魚) (2007年刊行/創元推理文庫2012年) 1929年

Der stumme Tod (死者の声なき声)(2009年刊行/創元推理文庫2013年)1930年

Goldstein (ゴールドステイン)(2010年刊行/創元推理文庫2014年)1931年

Die Akte Vaterland (ファーターランド文書)(2012年刊行)1932年

Märzgefallene (3月に斃れ)(2014年刊行)1933年

Lunapark (ルナパーク)(2016年刊行))1934年

Marlow(マーロウ)( 2018年刊行)1935年

Olympia(オリンピック)(2020年刊行)1936年

 ドラマと原作の大きな違いの一つに、ヘルガの存在があります。ハンナー・ヘルツシュプルングさん演じるヘルガは、ゲレオンの兄アンノーの妻で、ゲレオンとはずっと隠れて関係を続けています。ドラマではかなりの中心人物だと思うのですが、原作には全く登場しません。小説ではゲレオンとシャルロッテ(チャーリー)が1作目から恋愛に陥り、その後は二人がくっついたり離れたりする関係が中心となります。特に3作目の『ゴールドステイン』の最後では、キャリアを求めるチャーリーがベルリンを離れ、二人の関係が不安定になったまま終わります。続きが気になって英語版で4作目の『ファーターランド文書』を読んでいるのですが、チャーリーがベルリンに戻ってきて二人が再会する場面があり、ちょっと安心しました。もちろん二人の関係はその後も波乱含みです……。

  以下、気になる出演者の話。ちょっとネタばれも含みます。ドラマで主要な登場人物となるエドガー・カサビアン。ベルリンの地下世界を支配するアルメニア人です。過去に受けたトラウマを克服したことを仄めかしますが、第一次世界大戦と出身国からして、アルメニア人の虐殺を経験したのかなと推測したりしています。エドガーを演じるミセル・マティチェビッチは、「ドッグズ・オブ・ベルリン」(NetFlix)のクロアチア人賭博組織を率いるトモ・コヴァッチ役で知り、かっこいい人だなと気になっていました。昨年は「Exile」という映画でドイツのコソボ人を演じています。共演は「希望の灯り」「ありがとう、トニ・エルドマン」に出演したザンドラ・ヒュラーさん。ちなみに「希望の灯り」にはブルーノを演じたペーター・クルトも出演し、フォークリフトを操縦する孤独で渋いおじさんを演じています。

 ティッセンクルップを彷彿とさせる鉄鋼会社ニッセンは、皇帝復活を夢想する保守派を巨大な富で裏から支えています。一族を牛耳る母に頭を押さえつけられ、不安定な反抗を見せる息子のアルフレッド・ニッセンを演じるラース・アイディンガー。『どどんとドイツ!』のイベントに行った時、字幕翻訳家の吉川美奈子さんが、『すごい演技をする俳優』とラースのことをほめちぎっていました。このドラマのアルフレッド役は本当に素晴らしく、不出来な息子なのがよくわかる情けなさや、誰にも顧みられない孤独さ、小物が大胆な一発勝負に出る時のこけおどし感などが、最高にはまっていました。シーズン4もかなり期待できそう。また、彼の出演した『Persian Lessons』という映画の配給も決まっているそうなので、それも楽しみにしています。

 ところで気になるシーズン4ですが、今年の春には撮影開始とのニュースが出ています。

 監督の一人ファン・ボリーズによると、シーズン4は1931年が舞台になるようです。原作で言うなら『ゴールドステイン』あたりでしょうか。また監督たちは記事の中でこんな気になるコメントもしています。『私たちは1933年で終わりだといつも言っていた。シーズンの最後になるのは、ドイツ国会議事堂放火事件とナチ党の権力の掌握に続く、最初の数か月までだろう。国民社会主義者たちはそこで国を根本的にひっくり返し、バビロンのようなベルリンは終わりを告げる。その先は続けたくない』

 シーズンの最終回が来るのはずっとずっと先になると思いますが、いつか終わりが来るドラマなのだと思うと、今からちょっと寂しさも感じます。このバビロン的ベルリンをいつまでも味わっていたい!(その前に早くシーズン4を)