FIFA.comのリードル・インタビュー

シャルケともパダボーンともリバプールとも全く関係のない、個人の趣味による 『あの人は今』 シリーズです。
アルフレッド・リードルのインタビューがFIFAのサイトに掲載されていたので、ちょっと拾ってきました。8月頃に出てたみたいなのに気がつかなかったわー。(リードルネタに反応しそうな人は一人しか知らないが)
オーストリア人のリードルは20年間のキャリアのうち、この10年はパレスチナ、ベトナム、ラオスなどアジアの各国やリーグで監督をしてきた人で、現在はインドネシアの代表監督をしています。

何度かあちこちで言及していますが、パレスチナ・サッカー代表を題材にしたドキュメンタリー『Goal Dreams』という映画を見て、リードルのことが好きになりました。(内容については『Goal Dreams:【映画】パレスチナ代表』をご参照ください)
とても情熱のある素敵な監督です。

以下、適当に抜粋してまとめました。

インドネシアとは今年の5月に2年の契約を結んだ。この新しい仕事は今までのところ、私にとって最も大きなチャレンジとなっている。2億6千万の人たちの期待は、当然のことながらとても高い。

A代表とU-23の両方を見ているので、私にはインドネシア全体のレベルをあげる責任がある。私にとっての最初のテストは12月に行われるAFFチャンピオンシップSEA Gamesで、どちらの大会でも決勝まで行きたいと思っている。来年はまたオリンピックとワールドカップ、それにおそらくアジアカップも予選が始まる。

インドネシアで監督をする上で、私にとって良かったのは、アシスタント・コーチのWolfgang Pikalの存在。ウィーン出身の彼はインドネシアで20年以上生活をしている。この地でのサッカーについて彼が知っていることは膨大で、言葉も完璧に話せる。
私の懸念は、インドネシア・スーパーリーグでは1チームに外国人選手を5人持つことができるので、主要なポジションは外国人が占めているということだ。

私のキャリアで最高だった出来事は、パレスチナ代表を率いて、2006ワールドカップ・ドイツ大会の一次予選で素晴らしい結果を残したこと。苦しんでいる人々に笑顔をもたらすことができたのが嬉しかった。

ベトナムでは3度代表監督を務め、通算すると5年間指導してきたが、最初に訪れた1998年からどのような進歩があったかについて。

最初のトレーニングセッションでは、代表選手たちがみんな違うユニフォームを着ていた。私はストリートサッカーのコーチではないと協会に話したら、翌日はちゃんと支度してきた。ベトナムの人達は早くサッカーを発展させたいと願い、実際に急速に進歩した。熱狂的なファンは一日も早い成功を望んだが、協会は忍耐強いところを見せ、私を何年も監督としてそのままにしてくれた。その間に私たちもよい結果を出したのだ。

こういった国々が、国際舞台で本当のインパクトを与えるようになるにはどのくらいかかるかという質問については、答えるのがとても難しいが、何十年もかかるかもしれない。まずサッカーのインフラを整えることが必要だ。ラオスでは8チーム、サッカー狂のベトナムでもたった50しかクラブがない。私の故郷であるオーストリアと比べてもほんとに少ない。あそこには2,100のクラブがあるからね。世界に追いつくためには、きちんとした資格のある監督たちと長期計画が必要だ。

10年というのは決して短い期間ではない。私はアジアをあちこち旅して、違った文化や環境に馴染むよう努力してきた。自分の仕事に全力を傾け、どんな困難に面してもベストを尽くしているよ。

 
実際には道のりはなかなか険しく、8日行われた親善試合で、インドネシアはウルグアイに7-1で敗れております。

インドネシアリーグでは酒井の友ちゃんや柴小屋選手など何人かの日本人選手がプレーしているはず。アジアの各国リーグもどんどん身近になってきた気がします。

それにしても、リードル・・・。
インドネシアでいい結果を出すことができるよう心から祈っております。