デヴィッド・ミラー『Racing Through The Dark』を読んで

私がサイクルロードレースにハマったきっかけは映画『Blood, Sweat + Gears』を見てからですが(『サイクルロードレースにハマる』参照)、その映画で同時にガーミンの選手であるデヴィッド・ミラーのファンにもなりました。

そして今年のツール・ド・フランスが始まって数日後、6月に発売されたミラ-の自伝『Racing Through The Dark』がAmazon UKの書籍部門全体の売り上げでベスト20に入っていることを知りました。一人のスポーツ選手の自伝が書籍総合売上でベスト20以内に入るというのはやや異例のことです。
すぐに買って(Amazon Japanでも入手できます)、会社の行き帰りにぼちぼちと読み続け、8月の終わりにようやく読み終えることができたので少し本の内容について紹介してみようと思います。
(以下、引用符内の日本語訳はわかりやすいように私が適当につけました)

デヴィッド・ミラーはイギリス(スコットランド)のプロサイクリストで、20歳でプロデビュー、2000年にはツール・ド・フランス第1ステージの個人タイムトライアルでツール初出場にしてランス・アームストロングを押さえ優勝。3日間マイヨ・ジョーヌを着ました。
また2003年のロード世界選手権では個人タイムトライアルで優勝し、さらにイギリス人としては初めて三つのグランツールでリーダー・ジャージを着ます。

将来を嘱望された選手でしたが、2004年警察の捜査により彼の自宅から空の注射器が見つかり、本人も2001年から2003年の間に禁止薬物であるEPOを使用したことを認め2年間の出場停止処分を受けます。

デビュー当時、すでに自転車界を覆っていたドーピングの黒い影に反発し、自分はクリーンに勝ちたいという理想に燃えていた若きミラーが、いかにして勝利への重圧やチームからの暗黙の示唆に負けてドーピングに手を染めるようになったのか、また自らの凋落をどのように受けとめ、それを償うためにいかにしてあがき、再び自転車に乗る喜びを取り戻していったのか。
『Racing Through The Dark』の中でミラーは自分を飾ることなく、また自らの罪を隠すことなく、その時々の心理を率直に語っていきます。

世間を知らないままプロサイクルスポーツの世界へ放り込まれた未成熟な少年は、若さによる気負いもあって過剰なくらい理想を追い求めます。

そんな中、ミラーはプロ契約したフランスのチーム、コフィディスで様々な現実を目にします。
“自分はドーピングをしないでクリーンな選手として勝つのだ”という決意をサポートしてくれる体制もないまま、2001年のツール・ド・フランス、ミラーはアルプスのマドレーヌ峠を登りきったところでリタイアしてしまいます。

 

While it was a massive relief, there was now also a gaping hole in my confidence. Everything I’d previously achieved meant nothing; all I was now was a pro rider who couldn’t finish the Tour de France. (p.152)

大きな救いはあったものの、私の自信にもぽっかりと穴が開いていた。これまでに達成したすべてのことが意味をなくしていた。今の私はツール・ド・フランスを終えることのできなかったプロライダー、それがすべてだった。

 
チームのエースとしての責任を果たせなかったこと。ツールをリタイアしてしまったこと。
自信を失い深く傷ついたミラーにチームのle Boss(ボス)はこう持ちかけます。

 

‘We thought you could go to Italy, stay with…’ he turned and gestured to l’Equipier. ‘Stay at his place there. Get out of Biarritz in August.’ There was a pause. ‘That would allow you to … Prepared properly‘ (p. 154)

『思うんだがイタリアへ行って、そこで・・・』、彼は振り向いてl’Equipierの方を示した。『彼のところへ滞在するといい。8月にビアリッツを出るんだ』 そこで少し間があった。『そうすれば、ちょうどよく準備ができるだろう』

 
本の中にはそれまでにも『Prepared』という言葉が何度か出てくるのですが、会話で普通に交わされるこの『準備をする』という言葉には、ドーピングでレースに備えるという意味が含まれていたのです。

その後、徐々にドーピングによる影響で自分を見失っていくミラーは、2003年に行われたロード世界選手権でチームGB(Great Britain)の一員として個人タイムトライアルで優勝します。この時の彼の勝利の感じ方が怖い。

 

After I’d won I stood on the podium, listening to ‘God Save the Queen’. I was World Time Trial champion, yet I felt almost nothing. I should have been choked, moved, just as other athletes were at such a moment. I wanted to experience that feeling. Instead, I just thought : ‘Job done’ (p. 196)

勝利の後、ポディウムに立ち、『God Save the Queen』を聞いた。世界タイムトライアルのチャンピオン。でもほとんど何も感じなかった。他の選手がこのような瞬間になるように、私は喉を詰まらせ、感動するべきだった。そのような感情を経験したかった。かわりに、私はこう思っていた。『任務完了』

 
ただこの世界選手権の準備で、チームGBやこの本の献辞を書いているデイヴ・ブレイスフォードと過ごしたことで、自転車に対する考え方やプロフェッショナリズムに触れ、ミラーはドーピングとの決別を決意します。
しかし時すでに遅く、コフィディスのl’Equipier、チームメイト、そしてミラーのもとに捜査の手がおよび、家宅捜査の末、本棚に放置したまま忘れていた注射器を発見されてしまいます。47時間の拘束の後、ミラーは何もかもを認めました・・・。

公判の様子や、酒浸りの日々、失意の中で出会った現在の奥さんであるニコルのこと、その後のエピソードもとにかくフィクションを読んでいるかのように面白いです。
さらにアンチ・ドーピングの仕組み作りに協力するため、ミラーは積極的に自らの過ちを公の場で語り始めます。

 

I’d given interviews and held press conferences, but I’d never spoken publicly in this way before. I was very nervous but decided that the best thing I could do was simply to tell my story, and to try and get across what I’d learned, in the hope that my experience could be used to support anti-doping. (p.281)

インタビューを受けたり記者会見にのぞんだりしたことはあったが、このような方法で公の前で話したことはなかった。私は神経質になっていたが、できることは自分の話をとにかくシンプルに伝えることであり、自分が学んだことを理解させるようにがんばってみようと決めた。私の経験がアンチ・ドーピングを支援するために使われることを望んで。

 
個人的に一番読んでいて泣けたのが、2007年にアスタナの選手であったヴィノクロフにドーピング検査で陽性反応が出た時のこと。
ミラーはそのニュースに涙を見せ、それを彼を敵視していた記者から『インチキに対する涙』と批判されます。
ヴィノクロフはミラーにとってはヒーローの一人でした。彼はヴィノのアタックの仕方が好きで、もしクリーンに勝てる選手がいるとしたらそれはヴィノクロフだと信じていました。
ただ、流した涙の意味はヴィノに対するものではなく、ある事実を悟ったからでした。

 

I wept because suddenly, definitively, I fully understood the gravity of what I’d done to my sport and to everybody who had believed in me, cheered for me, defended me and trusted in me. I’d broken their hearts the way that Vino had broken mine. (p.295)

私が泣いたのは、私を信じ、応援し、擁護し、信頼してくれていた人達に対して、そして自分のスポーツというものに対して私がしたことの重みを突然にはっきりと理解したからだった。ヴィノが私の心を砕いたように私は彼らの心も砕いたのだった。

 
2010年のツール・ド・フランス第9ステージ。
ミラーは痛めた肋骨の痛みを抱えたまま、モリアンヌ渓谷へ向かいアルプスを越えていきます。
踏みこむたびに体は痛み、すでに集団からも大幅に遅れ、時間内にフィニッシュすることができない状況となっても、ミラーが最後まで自転車に乗り続けたのには理由がありました。

 

‘Nine years ago I pulled out of the Tour on almost this exact stage, on the descent of the Madeleine. Today I kept thinking, I’m not that person any more. I think I had to prove it to myself.’ (p. 337)

『9年前、ほぼ同じこのステージ、マドレーヌ峠の下りで私はツールをリタイヤした。今日はずっと考え続けていた。「私はもうあのときの私ではない」それを自分自身に証明しなければと考えたんだ』
 
I didn’t tell him about what had happened on the Madeleine nine years earlier, when I quit on the same mountain, got into a team car and that night took my first steps into the world of doping.(p. 337)

私は彼に9年前、マドレーヌ峠で起こったことを伝えなかった。同じ山でリタイアしてチームカーに乗りこんだその夜、ドーピングの世界へ最初の一歩を踏み入れたことを。

 
自伝を最後まで読むと、個人的に美しいと思う言葉”Redemption”(贖罪)で話が締めくくられています。
涙もろい方なので、読みながら何度か涙を流しました。

海外の選手(自転車以外にサッカー選手なども)の自伝を読むことはわりと好きな方ですが、日本人の私がいつも驚くくらいみんなオープンであり、人に言うのが恥ずかしいと思うようなことまでもありのままに語っているところが非常に面白いと思います。
ミラーの自伝も例外ではなく、善悪の枠を超えて自分という人間の弱さを認め、それでも自分の行動に自ら責任をとっていく強さは、他者に判断基準をゆだねがちな私にはうらやましく思える部分です。

最後にこの本を読んだレオパード・トレックのオグレディ選手がつぶやいていた感想を。同じ自転車選手の言葉としてぐっとくるものがあります。





(7年ぶりに本を読んだ。でもそれは信じられないような『読書』だった。デヴィッド・ミラーの『Racing Through The Dark』。読み始めたらやめることができなかった。
そこにあるのは、私たちはみんな人間であり、間違いをおかす。しかし本当の勝者はいつも再び立ち上がるということだった。友よ、尊敬する。自転車は私たちの人生だ。ペダルを踏み続けよう)

すごく面白い本なのでどこかの出版社での邦訳希望。
(なお、ミラー本のエピソードはちょこちょこと『野次馬でごめん – ProRoadCyclingRubberneck』さんで紹介されています)

 

デヴィッド・ミラー『Racing Through The Dark』を読んで」への4件のフィードバック

  1. ヴィノのくだりで泣くのを我慢した。
    自分はまだかなり浅い方のロードレースファンだからダメージ少ないと思ってたけどやっぱりつらかった。
    とか、いろいろ思い出した。
    邦訳をせつに希望。

  2. >うっちぃ
    ヴィノのところ、私は同時代で体験したわけではないのに本の記述だけで泣いてしまいました。
    ライブで体験してしまったら相当に辛いと思います・・・。

    ここには書ききれなかったけど、ずっと前から見ている人にはいろいろ知っている選手のエピソードがたくさん出てきて、きっともっと楽しめるはず。
    ほんとに日本語訳出してほしいですね。

  3. 非常に興味深く記事を読みました。翻訳ありがとうございます☆
    日本語訳本、自分も希望します!

  4. >げんき君、
    翻訳、なんとなく雰囲気が伝わっていたらうれしいわー。
    邦訳でてほしいですよね。たぶん自転車とかに関係のない/興味がない人にとっても面白い本だと思います。

コメントは受け付けていません。