Archive for the '2.Liga' Category

12 25 2016

映画『Trainer!』に見るプロサッカー監督

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「監督!」(Trainer!)というドキュメンタリー映画が2013年に公開され、ドイツで大きな話題になりました。三人のプロサッカーチームの監督を一年間追いかけ、サッカー監督とはいったいどういう職業なのか、その適性とは何か、何が正しくて何が間違っているのか、現代のドイツサッカーを取り巻く問題点は何かなど、様々なことを見る者に問いかける非常に優れたドキュメンタリーです。

メインとなる三人の監督は、当時3部だったハイデンハイムのフランク・シュミット、2部のザンクト・パウリで2年目を迎えたアンドレ・シューベルト、SCパダボーンで監督に就任したばかりのシュテファン・シュミットです。

この2012/13シーズンは結果から言うと、シューベルトは7試合、シュテファン・シュミットはシーズンの最後2試合を残し、それぞれ解任されています。フランク・シュミットのハイデンハイムは目標の昇格に一歩届かなかったものの、クラブ史上最高の5位でシーズンを終えました。

彼ら三人以外に、ドイツサッカー連盟で監督を指導する立場にあるフランク・ヴォルムートや、ザンクト・パウリでシューベルトのアシスタントコーチをしながら、ヴォルムートの元でライセンス取得に励むトーマス・メグル、さらに要所要所にミヒャエル・オエニンク、ユルゲン・クロップ、ハンス・マイヤー、アルミン・フェー、トーマス・シャーフ、ミルコ・スロムカ、ペーター・ノイルーラーといった監督たちの話がはさまれます。

中でもハイデンハイムのシュミット監督の個性がこの映画を非常にユニークなものにしています。フランク(パダボーンのシュテファン・シュミットとの混乱をさけるため名前で表記します)は、2007年にハイデンハイムの監督に就任。この年にサッカー部門が独立して、現在の1.FCハイデンハイムに名前が変わっています。

映画の中でフランク本人も言っていますが、監督になる前に4年ほど企業で働いた経験があり、部下に面と向かって仕事の評価・査定を伝えることは、会社勤めで慣れているのだそうです。性格は激しく負けず嫌い、選手が怒鳴られるシーンはかなり迫力があります。しかし一方で選手とのコミュニケーションの取り方は興味深く、チームの中心選手を集め、ピッチの上ではこういう態度をとって他の選手を導いて欲しいと議論する場面など、随所にマネージメントのうまさを感じます。

フランクに比較すると、パウリのシューベルトとパダボーンのシュテファンは、コミュニケーションの取り方に未熟な部分を残しているように見えます。さらにシューベルト、シュテファン両方の監督から指導を受けたナキという選手を挟むことで、二人の違いも際立たせる構成になっています。

サッカー監督としての仕事の進め方は、何が正しくて、何が間違っているのか。ドイツサッカー連盟のヴォルムートの発言が答えを導く手がかりとなります。それはプロサッカー監督のライセンス(Fußballlehrer)を得るための実技講習の場面でした。取得を目指す受講生たちが実際に選手を指導し、それを録画してヴォルムートが気になる点を指摘するのですが、ストレスのかかる状態での振る舞いを映像で見せられた受講生が、『少し感情的だった』と自己分析したことに対し、ヴォルムートは、『感情的であることは悪いことではない。クロップもトゥヘルも感情的だ。悪くはないんだ。そこは評価の対象ではない。映像を見せたのは、その方法で続けるか自分で決めさせるためだ』と答えます。

シューベルト、シュテファン、フランク。三人はそれぞれに監督としての仕事を天職だと感じ、情熱を持って取り組んでいます。皆が自分のやり方にコミットし、仕事をしている間は迷いなく突き進みます。ヴォルムートの言う、『その方法で続けるか自分で決める』はできているのです。ではなぜ思うような成績を残せなかったり、解任されたりするのでしょうか。

見ていると、フランクと他の二人は明らかに少し違うと感じます。シューベルトやシュテファンが、どこか自分の理想とする監督像を追っているように見えるのに対し、フランクはすべてにおいてリアリストです。あいまいな願望や希望交じりの推測はそこには存在しません。ヴォルムートの評する通り地に足がついているのです。しかしそんなフランクにも、チームが勝てずに順位を下げると危機は訪れます。フランクを救ったのは彼の能力を信頼し、後押ししてくれるゼネラル・マネージャーの存在でした。

プロサッカー監督を取り巻く環境はますます厳しくなっています。加熱するメディアの報道、クラブの重役たちの無理解、責任を逃れるスポーツディレクター。映画の中でクロップがキッカーよりもシュポルトビルトの方が売れていることを嘆きますが、事実よりもセンセーショナルであることが優先され、サッカー監督の仕事に理解の乏しいクラブ上層部がある限り、状況はますます難しいものとなっていくことは間違いないでしょう。

最後に映画に登場した人たちの近況を。
ハイデンハイムは翌シーズンには3部で優勝し昇格しています。2位はRBライプツィヒでした。ここに3位のダルムシュタットを加えた3チームは、他を寄せつけない強さだったのを覚えています。映画でも語られるように、フランクの率いるハイデンハイムは、近い将来にブンデスリーガに昇格するだろうと私も思います。

アンドレ・シューベルトはドイツサッカー連盟でユースの指導をした後、グラートバッハU23監督となりました。その後、ファヴレの後任としてボルシアをCLへ導いたものの、先日、成績不振で解任されたことは記憶に新しいところです。
シュテファン・シュミットは翌シーズンに、エネルギー・コットブスを途中から率いたのですが、4か月で解任。現在はシャルケU17を指導しています。

シューベルトの後にパウリを引き継いだトーマス・メグルは、暫定で2試合ほど監督を務め、その後はアシスタントコーチとしてライセンスの取得に専念。当時ホッフェンハイムIIで監督だったフランク・クラマーについで、2番目に良い成績でFußballlehrerのコースを終えています。蛇足ながら3番目で表彰されたのはハヴェルセで監督をしていたブライテンライターで、翌シーズンからシュテファンの後をついでパダボーンの監督に就任しています。

“Trainer!”はNetflixで見ることができます。なんと日本語字幕付きです。とてもよくできたドキュメンタリーで、サッカー監督という職業について、きっと見方が少し変わると思います。

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07 30 2016

エルツ山地のアウエの話

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2015/16シーズン、エルツゲビルゲ・アウエがドイツ三部で2位となり、二部へ昇格しました。その前年に降格したばかりなので、1年での二部リーグ復帰となります。



一昨シーズンの降格と同時に、クラブを離れたスティピッチ監督の後任として、パダボーンでも指揮を取ったことのあるパヴェル・ドチェフがアウエの監督となりました。ドチェフさんはその前年に、三部のプロイセン・ミュンスターで監督を務めていましたが、序盤のスタートの良さを生かせず、最終的にミュンスターを昇格させるに至りませんでした。それだけに、アウエが一年で戻ってくるかどうかは心配していたのですが、2位となり見事に自動昇格。しかもホームでは負けなしという勝負強さを発揮しました。リーグ優勝したディナモ・ドレスデンとは、どちらの試合も1-1の引き分けでしたが、ザクセンポカール準決勝で、ドレスデンのホームで対戦したときは、3-0と圧勝しました。

アウエは二部でもずっと地味なクラブで、一時期はアウエに負けると、翌日に対戦チームの監督が解任されるという出来事が頻発しました。アウエに負けるなんて!という共通認識がどのチームにもあったのではないかと思います。サッカーのスタイルも、引きこもって相手チームを泥沼に引きずり込むという、見ていて退屈なチームでした。

2012/13シーズン終了時には、アウエの宝ともいえるホフシャイトを、ブラウンシュヴァイクに引き抜かれます。この年、アウエには初の日本人選手となる石原卓選手が在籍。当時はVfRアーレンで、現甲府の阿部拓馬選手がプレーしていたこともあり、なんとなくこの二つのチームの動向を気にしていました。この時はディナモ・ザグレブから0.6Mユーロで移籍してきたFWのジルベストルが、得点王になる活躍で、アウエにしては14位と健闘。しかし、シーズンの終わりには、ジルベストルをクラブ至上最高金額となる1.7Mユーロでニュルンベルクに売却。アウエはそのお金で芝暖房を完備した練習場の改築を行っています。

さらに2014/15シーズン。開幕4連敗後に解任されたゲッツ監督の後を継いだのは、クロアチア人のスティピッチ。彼が監督をするようになって、初めてアウエのサッカーを面白いと思うようになったのですが、ジルベストルを失ったことによる得点力不足はいなめず、最終節で降格しました。

アウエは1945年にSGアウエとして創設。東ドイツ時代は国のスポーツ政策により、近郊のケムニッツ(当時カール=マルクス=シュタット)にクラブ名を変更されます。しかしSCヴィスムート・カール=マルクス=シュタットに名前を変えられたアウエは、1955、56、59年とリーグで優勝。黄金期を築きます。1963年にようやくカール=マルクス=シュタットが独自のチームを創設したため、BSGヴィスムート・アウエという名前に戻ります。

その後は、東西ドイツ統一を経て、1993年に現在のFCエルツゲビルゲ・アウエという名前になりました。エルツゲビルゲとは一つの山という意味で、チェコまで連なるエルツ山地を指しています。いまでも40キロ離れたケムニッツFCとのダービーは、非常な盛り上がりを見せます。

エルツ山地ではビスマスなどの金属鉱物が多く産出されました。チームの愛称Wismut(ビスマス、蒼鉛)は彼らが歌うチャントの中にも多く織り込まれています。またアウエは、他の鉱山労働者のチームであるシャルケや、エッセン同様、試合前にSteiger Lied(冒頭のYouTubeの曲)を歌うクラブでもあります。

昨シーズンは、ホームでの試合後に選手たちが頭の上で腕を交差するポーズがずっと気になっていたのですが、これは鉱山を掘る時に使う⚒つるはしを組み合わせた状態を表しています。アウエではユースの小さな子供達も、試合後にこのポーズをします。

Die Hämmer!

FC Erzgebirge Aueさん(@fcerzgebirgeaue)が投稿した動画 –



メインスタンドを改築する工事が昨シーズン途中から始まり、試合を開催しながら工事を進めていたため、中継を見ていると、ボールがスタンドの工事現場に入り込んで出てこないというハプニングなどもありました。また工事中にスタジアムに住み着いた猫のMuschiが、インスタグラムで人気者となっています。

#Stadionkatze: Hübsch machen fürs Fotoshooting!

Stadionkatze Aueさん(@stadionkatze)が投稿した写真 –



さて、二部に昇格した2016/17シーズン。同じく昇格したディナモ・ドレスデンと異なり、中心選手がほとんど流出していないのは好材料です。スティーブ・ブライトクロイツとリードルを中心にした守備は、昨シーズン、リーグ戦38試合で失点21という記録的な堅守を見せています。レンタル移籍ながら、昇格の立役者となったケプケをカールスルーエから買取り、二列目のソウコウ、スクラティディス、クヴェシッチも好調。さらにニッキー・アドラーも控えています。
ハノーファーとの練習試合のハイライトを見る限りは、二部の破壊力のあるチームに守備がどれだけ持ちこたえられるかが、リーグ躍進の鍵となりそうです。

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02 11 2016

独二部と三部のイケメンイレブン

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ドイツ二部リーグの後半戦が始まる時にあわせて書こうと思っていたのですが、忙しすぎて少し遅れてしまいました。祝ツヴァイテ再開!

リーグ再開を記念して、二部と三部から好みのイケメンを選んでイレブンを組んでみました。ほっとくとなぜか金髪薄毛が多くなりがちなので、そうでない選手も意識して入れました。
どの選手も顔だけでなくチームの主力として活躍中。顔だけなら他にもいると思うのですが、やっぱり実力がともなってこそのイケメン選手。それぞれ1チームから1人ずつにしました。選ばれなかったフライブルクやライプツィヒやFSVフランクフルト、ウニオン・ベルリンなどは、たまたま選びたかった選手とポジションがかぶっただけ。(…ということにしておこう)
例えばセンターバックはイケメンの宝庫だったので、なんとカイザースラウテルンのホイバッハを選外にせざるを得なかったという残念なできごとも。

で、選ばれた11名は君たちだ!(カッコ内はチームと年齢)



GK:ファビアン・ブレットロウ(ハレッシャーFC)(20)
RB:ユリアン・シャウエルテ(フォルトゥナ・デュッセルドルフ)(27)
CB:ハウケ・ヴァール(SCパダボーン07)(21)
CB:ラッセ・ゾビーヒ(ザンクト・パウリ)(25)
LB:ニコ・ギーセルマン(グロイター・フュルト)(24)
MF:ミカエル・ヘフェレ(ディナモ・ドレスデン)(25)
MF:ハンノ・ベーレンス(1.FCニュルンベルク)(25)
RH:オヌル・ブルート(VfLボーフム)(20)
LH:山田 大記(カールスルーエSC)(27)
CF:アジズ・ブハドゥズ(SVザントハウゼン)(28)
CF:パトリック・ブライトクロイツ(エネルギー・コットブス)(24)

GKは三部から若手の有望株のブレットロウを選出。今期RBライプツィヒからハレに移籍し、スタメンを確保しています。移籍当時はレッドブル育ちというだけでハレのウルトラスに攻撃されたりもしました。(映像にも彼を中傷するバナーが映っています)
しかしその素晴らしいプレーを見るにつれ、周りの評価もあがってきました。ドイツのU-20代表にも招集されプレーしています。



 
同じチームから二人選べなかったために選外になったレンジンク(デュッセルドルフ)やヒンメルマン(パウリ)、キルシュバウム(ニュルンベルク)もお勧めです。

 
DFラインはセンターバックがとにかく激戦で、ヴァール、ゾビーヒ以外にディナモ・ドレスデンのヘフェレもここに入れたかったのですが、ヘフェレはDMFのポジションもできるので、中盤に移ってもらうことにしました。RBライプツィヒのアトゥンチ・ヌカンも正統派イケメンですが、やはり選外に。

こちらはザンクト・パウリのゾビーヒ。宮市君がパウリに移籍した頃に、同じように別メニューだったラッセが彼にドイツ語教えてあげていたという話が好き。



ここでパダボーンのヴァール君のイケメンぶりをみるといいわ!(鼻息荒く)



 
CBに比べるとサイドバックは右も左もけっこうな人材難でした…。その中でも左SBのギーセルマンは選手としてもお気に入り。右SBにはハインロートという選手がパダボーンにいるのですが、さすがに2人選ぶのは多いかなと思ったので、フォルトゥナのシャウエルテを入れました。
こちらがシャウエルテ君。



そしてここで、ギーセルマン君のFKを見てみましょう。



 
中盤にはディナモ・ドレスデンのヘフェレ。ドレスデンではセンターバックでプレーしています。難しいチームをまとめるキャプテンでもあります。



ヘフェレと共に中盤にはニュルンベルクのベーレンスを。なぜか好きな選手。昨シーズンはダルムシュタットで昇格に尽力。今期ニュルンベルクに移籍したのはとても意外でしたが、好調なチームを支えています。



 
右SHにはボーフムからブルート。優秀なボーフム・ユースからあがってきました。ボーフムには2008年から在籍している若手の注目株。こちらはまだ19歳の頃のブルート君のインタビュー映像。



左SHはイケメンというと多少の賛否両論はありそうですが、カールスルーエの山田選手を。1月にFoot!で放映された曺貴裁監督との対談では、本当に知性にあふれる選手だなあと感心しました。二部で頑張る日本人選手は無条件に応援です。



 
フォワードはエネルギー・コットブスのパトリック・ブライトクロイツとザントハウゼンのアジズ・ブハドゥズ。FWの選出にはかなり悩みました。二部と三部の前線にはイケメンが少ないという意外な事実も発見。

ブハドゥズはモロッコ生まれの選手で、先日の対パダボーン戦では同じくFWのヴォーテンと共に切れのある攻撃を見せ、ちょっと気になっていたところです。今期は14試合に出場、7ゴール5アシストと活躍中。今後も注目の選手です。
3年ほど前に、まだヴィクトリア・ケルンでプレーしていた時、Sportschauの今月のゴール賞を受賞しています。右がアジズ。



もう一人のフォワードは三部のコットブスから。実は私ブライトクロイツ兄弟のファンで、パトリックを紹介したかったからこのイケメン11を書いていると言っても過言ではありません!?

パトリックには双子の兄弟のスティーブがいて、彼は現在エルツゲビルゲ・アウエでプレーしています。パトリックが典型的なセンターフォワードであるのに対し、スティーブはセンターバック。この二人の対戦が三部で実現したときはちょっと話題になりました。

パトリックは昨シーズンはホルシュタイン・キールでプレーしていましたが、キールが入替戦で1860ミュンヘンに敗れて昇格を逃したため、シーズン前に数人の主力が移籍しました。彼もそのうちの一人ですし、今回のセンターバックにも入っているハウケ・ヴァールもそうです。(昨シーズンまでのキールはどれだけイケメンぞろいだったのかというw)

ちょっとごっつくて正統派イケメンとはいえないけど、良い選手なのでせひ注目してあげてください。



 
番外編として監督にはグロースアスパッハのレーム監督を。グロースアスパッハは一昨年レギオナルリーガ・ズートヴェストからプレーオフを経て三部に昇格。昨シーズンは15位で三部に残留。今シーズンは途中まで2位と大健闘しています。レーム監督は2008年にアシスタントコーチから始まり、2012年から監督としてこのチームの指揮を執っています。今後が楽しみな若手監督です。(全てがおでこになる日がいつ頃来るかも気がかりだ!)



監督は他にも三部ならヴュルツブルガー・キッカーズのホラーバッハや、ディナモ・ドレスデンのウーヴェ・ノイハウス監督、さらにはキールのナイツェル監督なども素敵です。二部はどうしてもフライブルクのシュトライヒさん一押しになってしまうので、あえてスルー。

ということで、二部三部の素敵な選手たち。一人でも気になる選手がいたらぜひチームも応援してあげてください〜。

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09 29 2015

8分間のシュトライヒ

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フライブルクのシュトライヒ監督のプレスカンファレンスを聞くようになって、1年くらいになります。ドイツ語の勉強も兼ねてと思い聞き始めたのですが、訛りの強いドイツ語は非常に聞き取りにくく、いったいこれがわかるようになったからといって、ごく標準的なドイツ語リスニングの手助けになるのかどうかは怪しいものです(笑)

1年以上たった今でも、たぶん半分も理解できません。それでもわからない部分は記事を探して補うようにしたりします。毎回、それだけの価値のあるプレスカンファレンスだと思うのです。知性とユーモアにあふれた彼の話は時にサッカーを離れ、話題は多岐にわたり、鋭い洞察力で深遠な人生の真理に触れます。

ビーレフェルト戦を前にしたプレスカンファレンスは、特に大きな話題となりました。この節(一部第5節、二部第7節)、ブンデスリーガ一部、二部の36チームは、難民救済をうたったバッチをユニフォームの袖につけてプレーすることになっていました。タブロイド紙のビルト主導で行われたキャンペーンに対し、まずザンクト・パウリが拒否。ことさらにアピールをしなくとも、自分たちは日頃から様々な活動でボランティアを続けているというのが主な理由でした。その他にもウニオン・ベルリン、デュイスブルクなど二部の5チームがキャンペーンに賛同しないことを表明しました。フライブルクもそのうちの一つです。

なぜ参加しないのか。プレスカンファレンスの中でシュトライヒ監督は、現在の難民問題に関して8分に渡るスピーチを行っています。難しい話なのですが、Bundesliga Fanaticのサイトが英語に、また地元紙がドイツ語の書き起こしをしてくれたので、補完する事ができました。シュトライヒさんが人間的に素晴らしい人だというのはわかっていたつもりですが、改めて内容を読んでサッカー監督の枠を超えている…と驚きました。シュトライヒ監督が人々に尊敬され、愛される理由がよくわかる気がします。

感情豊かなシュトライヒ監督の口調を真似て訳すべきでしょうが、そこまでのセンスがないので、無味乾燥に(汗)まとめてみました。訛り口調がないと魅力半減ですが、それでも少しでも監督の素晴らしい人間性がご紹介できればなあと思います…。
監督の等身大の魅力については、私の大好きなブログでもある「勝っても負けてもボルシア!」をぜひご参照ください。

リンクした映像は難民に関する話の部分だけを抽出してあります。全部についてはこちらをご覧ください。



(以下、シュトライヒ監督のプレスカンファレンスより)

元々は財源のあるヨーロッパの国々、それだけじゃなくヨーロッパ以外の国も、もっと必要な人道的援助を用意すべきだった。そうすれば、感情や家族に結びついた故郷に、家族と共に留まることができた人たちもいただろう。致命的な過ちが過去数ヶ月に起こっていると思う。問題は脇へ押し出され、私たちのような国や他のEUメンバー、あるいはカタール、サウジアラビアなどによって資金は減らされてきた。こういった国はお金が足りないわけではなく、きわめて重大な間違いだったと思う。

今、この人たちを受け入れ、歓迎しようとしている。恐れは減らされるべきだ。物事はしばしば恐れの周辺で繰り広げられる。他者への、そして未知への恐れだ。それは自分でも気づくことができる。どこかの国に行けば。例えば私はフライブルクU19とイエメンに行ったことがある。その前にも好奇心だけでたくさん旅行をした。いつもわくわくするような何かしらの経験に出会った。ジャカルタにいるときは街角であたりを見回した。裏庭までもつぶさに観察してみた。ただの好奇心だ。起こっていることを見たかったのだ。なにか別のことを見たり、他の考え方に慣れるというのはそうだ。他文化は違う考え方をし、違う言葉を話し、別の方法で物事に取り組む。私たちは私たち固有のやり方で社会に適合してきたため、しばしばそれ以外を想像することができない。

今、到着した彼らに会おうとしている。おそらく私たちの富のいくぶんかを短期的に、限られた資源しか持たない多くの人々へ再配分しようとしている。それに加え、経済活動の中にいる人たちは労働者が必要だと言う。私たちは技術のある労働者が必要だ。そういった職業に私は肉屋と料理人を加えるだろう。ここからそう遠くないところの星一つのレストランや、有名な良いホテルがある日、店をたたむ。開けておくのに十分な料理人の数が不足しているからだ。だから人々に到着を許可し、満足できる環境を提供しよう。もちろん彼らはすぐに言葉を学ぶ必要がある。労働力として溶け込むためには、言葉を学ぶ以外の選択肢がないからだ。

もし若い人たちに働くことを許可しないとしたら。シリアだろうがドイツだろうが関係ない。もし自分が30歳の時に働かせてもらえず、他の人たちと一緒にどこかに留められて、その後何年も働かせてもらえなかったら。自分は何をするかわからない。攻撃的になって他の人々と争っていたかもしれない。自分の子供に、小さなスクーターとかそういったものを買いあたえる事が出来なくて、恥ずかしく思うだろう。私は恥ずかしく思う、人として。だから彼らに働かせ、援助のためのプログラムを開発し、社会に融合できるようにあらゆることをしよう。私たちにはこの人たちが何としても必要だ。

もう少しだけ言いたい。恐れをかき立てようとする人々も、80-90%はおそらく一世代前、二世代前、三世代前はどこか別な所からの難民や強制移住者だ。東ヨーロッパやその他の地域から、戦争や失業や貧困を理由にやって来る。この部屋にいる皆も何世代か前を振り返ると、80-90%は移民という背景を持つ。母親や父親や曾祖父だったり。誰もがどこかからいつの時かこの場所にたどり着いた。ずっとここにいたわけではない。これは教育しなければいけない事だと思う。

私たちはどこかの時点でみな難民だったのだ。人々の移動はいつだってある。完全に止まる事は決してない。いつもそうであったように、今も起きている。第一次世界大戦、第二次世界大戦の後、八百万人がブレーマーハーフェンから船で送り出された。ハンブルクでは五百万人だ。何も持たずにだ。アメリカやオーストラリアや南米へ。人々に意識させないといけないのは、私たち自身がどこかからここに辿り着いた人間だということだ。飢餓だったり戦争だったりいろいろだ。そしてそれがまさにこの瞬間に起きている事だ。

まあこれで話はおしまいにしよう。名前はちょっと思い出せないが、イギリスの外務大臣が、第一次世界大戦後にヨーロッパの多くが瓦礫の山となった時、ヨーロッパは、要旨を汲むと、失われた土地となり、この先何十年間、人々が生活するに値する場所なのか大いに危惧を抱いていると言った。彼は正しかった。確かに住めなかった。第二次世界大戦がすぐそこに近づいていた。彼は部分的には正しかった。第一次世界大戦後のイギリス外務大臣の言葉だ。ヨーロッパは数十年にわたり失われた土地となった。何百万人もの死と共に。最も恐ろしい出来事と共に。それがあまり前の話でない事は知っておくべきだ。

アフリカは今むずかしい。中東も大変だ。それには理由がある。多くの間違いをおかしていること。もうひとつの理由としては、もちろんヨーロッパが何世紀に渡って食い物にしてきたことだ。こういう啓蒙はなされなければならない。おそらく態度は違うものになるだろう。

しかし私はドイツ人として、ドイツにいることをとても幸せに思う。どのみち私はドイツの国家に属している。結局はそうだ。確かにスイスの国境で生まれたが、ドイツのパスポートを持っている。この瞬間にドイツでも起きている多くのことを私は嬉しく思う。なぜならどうにかして何かしらを学ばされているからだ。一方でまたひどいこともある。しかし大部分の人々は素晴らしい連帯を示している。私はそれがとても嬉しい。

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07 26 2015

2015/16シーズンのパーダーボルン

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ドイツ二部リーグの2015/16シーズンが始まりました。開幕戦は昇格してきたMSVデュイスブルク対カイザースラウテルン。パダボーンは日曜13時からボーフムと対戦します。

降格したこともあって、チームの人事はずいぶんと様変わりしました。
特にブライテンライターさんのシャルケ監督就任に伴い、アシスタントコーチ、アスレティックコーチ、キーパーコーチがそれぞれ一緒にチームを離れました。



それとはまったく別に、チームのレジェンドであり、永遠に私たちのキャプテンであるクレシェが、レヴァークーゼンのアシスタント・コーチに就任しました。クレシェは一昨年引退して、昨年はU23チームの指導に当たり、見事に昇格させました。才能ある彼を失うのはとても辛いのですが、下部リーグで戦うよりも、シュミット監督のもとでトップチームのアシスタントコーチをする方が彼のキャリアのためになると信じています。いつかパダボーンに帰ってきてくれることを願って。

降格と共に移籍条項を使って去って行った選手たちの今後の活躍を祈ります。もしかしたら残りたかった選手もいるかもしれないのですが、予算の関係で積極的に移籍を推奨したように見えます。残念ですが、毎年多くの選手が入れ替わるので、基本的にはそれほどのショックはありません。ただ昨年の大好きだったチームがもう二度とみられないのは本当に残念…。残留したかった。

新しい監督はゲルハウスさん。パダボーンではルフカイが監督をしていた時にアシスタント・コーチをしていた経験があります。その後はルフカイについてアウクスブルク、ヘルタでアシスタントコーチ。2006/07にパダボーンで3試合だけ暫定監督を務めたことがありますが、本格的に監督として自分がトップになるのは今回が初めてです。
ブライテンライターさんの去就が不明な頃から後任としてゲルハウスさんの名前が出ていました。前監督とは違い、物静かな感じの方です。



以下、チームを離れた選手たちのリスト。それぞれの選手たちの今後の活躍を祈ります。

【OUT】

エリアス・カチュンガ(インゴルシュタット)

パトリック・ツィークラー(カイザースラウテルン)

マリオ・ヴランチッチ(ダルムシュタット)

ルーカス・ルップ(シュトゥットガルト)

アルバン・メハ(トルコ/コンヤスポル)

イェンス・ヴェマー(パナシナイコス)

シュテファン・クチュケ(ニュルンベルク)

クリスティアン・ストローディク(フォルトゥナ・デュッセルドルフ)

ダニエル・リュック(コットブス)

マルヴィン・ドゥクシュ(レンタル終了/ドルトムント)

ティム・ヴェルカー(ヘッセン・カッセル)

ニコ・ブルヒャート(引退/パダボーンのGKコーチへ)

リック・テン=フォルデ(本人の希望により契約解除・移籍先未定)

マルティン・アメディク(引退)

【IN】

GK: ダニエル・ホイヤー・フェルナンデス(オスナブリュック)
ポルトガルU21代表経験もあるキーパーだそうです。

DF: フロリアン・ルック(TSGホッフェンハイムII)
ホッフェンハイムのU23ではキャプテンも務めていたルック。センターバックの選手です。

DF:ニクラス・ホーヘネーダー(RBライプツィヒ)
待遇の良さそうなライプツィヒから貧乏なパダボーンに選手がキタ!とちょっとびっくり(笑)
テストマッチを見る限り、彼がCBでプレーすることが多いようです。

DF: マルセル・ヌジェング(ヘルタ・ベルリン)
ヘルタからはヌジェングが加入。ゲルハウス監督とはヘルタ時代からの旧知の仲です。

DF: カレド・ナレイ(ドルトムントII)
ナレイも1年契約でレンタル移籍してきました。左右どちらのサイドバックもできるようです。

MF:ドミニク・ウィドラ(ラピド・ウィーン)
CMFの選手で攻撃的にも守備的にもどちらでもいける感じでしょうか。まだ見てないので期待が高まります。

MF: セバスチャン・ションロウ(SCフェール/レンタルからの復帰)

FW:マルク・ブラスニッチ(レヴァークーゼンU19)
レヴァークーゼンU19から2年契約でレンタル。U19ブンデスリーガでは得点王になっています。楽しみです。

FW: ニック・プロシュヴィッツ(ブレントフォード)
シュミット監督時代に得点王になったプロシュヴィッツがパダボーンに戻ってきました。すごく嬉しい。イングランドへはSCP史上最高の金額で移籍したのですが、結局あまりフィットせず、この夏にカイザースラウテルンで練習参加しているところをボルンSDがかっさらってきました。さすがです。

それ以外に、昨年一部で戦かった選手たちも比較的残っています。あちこちのチームで噂のあったコチが今シーズンもパダボーンでプレーするのはとても大きい。
あとはヒューネマイヤー、バカロルツ、シュトッペルカンプ、ハインロート、ラキッチなども。
みんな今シーズンもよろしくお願いします。

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03 17 2015

2014年3月の記録:ウニオン・ベルリンのホームへ

昨年3月の旅行記の続きです。(前回は「2014年3月の記録:ドイツでアイスホッケー」

【ドイツ・スペイン観戦旅行記2014 vol.8】

ケルンでアイスホッケーを見た翌日はさらに移動。ICEでべルリンに向かいます。
早く行って観光したいと思っていたのですが、さすがに疲れていたので比較的遅い時間からのスタートになりました。それでも午後には到着してうろうろと街歩き。

夕暮れ時のベルリンは美しいです。



ベルリンでは金曜日の夜に開催されるウニオン・ベルリン対SCパダボーンの試合を見る予定でした。
翌日の日中はDDRミュージアム(東ドイツ博物館)などを訪ねて観光。夕方からウニオン・ベルリンのホームであるシュタディオン・アン・デア・アルテン・フォーシュテライに向かいます。



最寄駅はSバーンのケーペニック(Köpenick)で、まずオストクロイツ駅まで行き、ここでS3に乗り換えます。距離があるためチケットのゾーンはBになります。
ウニオン・ベルリンは試合によってはチケットが売り切れますので、基本的には事前に前売りを買っていった方が無難。チケットはオンラインで購入し、自分で印刷する形式なので気楽です。

もともとビビリなので、オスト・クロイツ駅のホームでこわそうなお兄さんたちが電車を待っているのを見ただけでドキドキ。
ケーペニックの駅を降りてからは、ウニオン・ベルリンサポと思しき人たちの後についてスタジアムへ向かいます。

しばらく道路を歩くとこんな標識が。
上からスタジアム入口、VIP・プレス、チケット売り場、ゲストブロックです。



私はメインスタンドのチケットを買っていたので、一番上のスタジアム入口方向へ。
こんな感じの林の中を延々と歩きます。本当にこの先にスタジアムがあるのかと途中少しだけ心配に。



シュタディオン・アン・デア・アルテン・フォーシュテライ(Stadion an der alten Försterei)というのは林務官駐在所のそばにあるスタジアムという意味なので、林の中にあるのは想像できたのですが、思ったよりも本当に林の中でした。
そうこうしているうちにスタジアムに到着。



メインスタンド以外はすべて立ち席です。キャパは21,723(立ち席17,916)席。このくらいの規模のサッカー専用スタジアムが個人的には一番好きです。本当に雰囲気のあるスタジアムで感動。来てよかったと思いました。



ウニオン・ベルリンも好きなのですが、もちろんこの日はこっそりパダボーンを応援。
とはいえこの日の試合は、ウニオン・ベルリンで好きな選手たちがみんな出場して嬉しかったです。特にこの後に移籍してしまったマトゥシュカやネメッチだとか、パダボーン時代から大好きなブランディや、ウニオン・ベルリンユース上がりのクィリンクなどが出たので非常に私得な試合でした。

2. Bundesliga, 2013/14, 26. Spieltag
1. FC Union Berlin – SC Paderborn 07 1:1 (0:0)

Torschützen
1:0 Brandy (53., Kopfball, Mattuschka)
1:1 Hünemeier (89., Linksschuss, Koc)

1. FC Union Berlin
Haas (2,5) – Pfertzel (4), Eggimann (3,5), Schönheim (3), Kohlmann (2,5) – Özbek (3,5), Kreilach (3) – Brandy (2)(76. Quiring), Köhler (4)(69. Dausch) – Mattuschka (3,5)(86. Puncec) – Nemec (3,5)

SC Paderborn 07
L. Kruse (2) – Heinloth (3,5)(83. Ziegler), Strohdiek (3,5), Hünemeier (2,5), Bertels (5)(63. Kachunga)- Bakalorz (4)(74. Saglik), Vrancic (3,5) – Meha (3,5), Brückner (3,5) – Wurtz (5), Koc (2,5)

こちらはウニオン・ベルリンのマスコット、リッター・ケウレ。動物ではなく人型マスコットは珍しいかも。試合が白熱すると手に持った鉄球をぶんぶん振り回します(笑)



試合前のHymne(賛歌)はネットでは何度も聞いたりしていたのですが、ライブで聞くと本当にすごくて鳥肌が立ちます。(YouTubeの映像 “Eisern Union – Die Hymne von Union Berlin”



試合は前半は双方ともに動きの少ない内容でしたが、後半に入り活発化。53分にブランディのゴールでウニオン・ベルリンが先制すると、そのまま勢いに乗って押し切ってしまいそうでしたが、パダボーンは試合終了ぎりぎりの89分にヒューネマイヤーがミドルシュートを決めて追いつきました。
心の中では追いついた!と飛び上がっていたのですが、静まり返る周りのウニオンサポの気配にちょっと申し訳ない気持ちに。
でもこの勝負強さ。あきらかにウニオン・ベルリンの勝ち試合だったのですが、パダボーンがしぶとく引き分けに持ち込んで勝ち点1を拾うところを見ると、これはもしかして最後まで昇格争いに残るかも…と密かに期待しました。(この時点で3位)



帰りは気持ちが高揚していたので、暗い林の道もSバーンもそれほど怖さを感じずにホテルまで戻ることができました。
それにしてもシュタディオン・アン・デア・アルテン・フォーシュテライ。また機会があれば行ってみたいです。(できればクリスマス時期に)

  

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03 13 2015

70-80年代・ブンデスリーガでドーピング疑惑

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先週のドイツにおけるブンデスリーガのドーピング騒動について日本ではあまり報じられていないようなので、わかる範囲でまとめてみました。(画像と内容に直接の関係はありません)



ドイツサッカー界を揺るがしたこの問題は、フライブルク・スポーツ医学調査委員会のメンバーであるアンドレアス・ジングラーが、3月2日に単独で出したプレスリリースが発端となっています。ジングラーによると、1970年代から80年代初頭、ブンデスリーガでドーピング禁止対象薬物であるアナボリックステロイドが、組織的に投与されていたとされる証拠を委員会が発見したというもので、具体的にVfBシュトゥットガルトと2部時代のSCフライブルクの名前をあげています。

さらに当時、フライブルクの医学界で指導的存在だったKlümper医師が関与していたことにも言及しています。
証拠となる資料は60ページほどで、フライブルク市公文書保管所から2014年の終わりに委員会に手渡され、2015年の1月から閲覧することができたようです。

調査委員会のレポート自体は元々2015年秋頃をめどに完成を目指していましたが、ジングラーのリークともいえるプレスリリースによって、未完成のまま注目をあびるようになりました。委員会のリーダーである刑法学者のパオリは、すぐにプレスリリースを出してジングラーの独断を批判、しかしながら同時に、彼の発表した内容に関しては正しいということを認めました。

今回問題となっているサッカー界での事件は70年代から80年代ですが、それよりも最近の90年代には、ドイツ全土を揺るがした自転車ロードレース界でのドーピング事件がありました。T-Mobileの前身であるドイツ・チームテレコムに対し、フライブルク大学病院のゲオルグ・フーパー医師などが、ドーピングを監視する立場にありながら自ら禁止薬物を自転車選手に与えていたというものです。ツール・ド・フランスで活躍したヤン・ウルリッヒをはじめチーム・テレコムの主要な自転車選手のドーピングが判明したことで、ドイツでは今に至るまで自転車ロードレースは壊滅的なダメージを受けています。(『広がるドーピング汚染 』 熊谷徹さんの2007年の記事より)

もともと調査委員会は、このような組織的なドーピングの舞台となったフライブルク大学の医学部門を徹底的に検証し、事実を洗い出すことを目的に設立されました。ジングラーのプレスリリースには、サッカーと同時に、ドイツ自転車連盟(BDR)が組織的にドーピングに関与していた証拠が見つかったことも書かれています。

3月2日の報道に対し、名指しされたクラブの一つシュトゥットガルトは、すぐに公式サイトで声明を発表。内容をまとめると、現時点でこのレポートの詳細なものは入手できていないのでコメントできないこと。また年度が古く検証が困難であり、Klümperがチームの医師であった時期はなく、しかしもちろんクリーンなスポーツであることを明確にするためにこの問題に関心を持っている、というものです。

なおSCフライブルクは今のところ公式の声明は出していないようです。シュピーゲルはドイツサッカー連盟とSCフライブルクが書類の閲覧を申し出たけれども、現時点では委員会に受け入れてもらえなかったと報じています。

なぜジングラーが単独での発表に踏み切ったのかという背景はわかりません。パオリによると、調査委員会はこれまでにもフライブルク大学の一部から数々の妨害行為を受けていたそうですが、そのあたりの大学側と委員会の駆け引きにかかわることなのかもしれません。

自転車でのドーピング問題については過酷とも言える姿勢でのぞむドイツですが、ことサッカーにおいては及び腰です。自転車ロードレースにおけるドーピングに対し、ドイツのマスコミがどのように失礼な態度で取材するかは、以前にシュピーゲルのインタビューで訳したことがあります。(「シュピーゲルの自転車に関するインタビュー」
また、サッカーにおいてこれまでに様々な噂があったけれどもうやむやになってきた経緯については、Zeitが興味深い記事を書いています。結論はタイトルそのままです。
「サッカーはあまりに巨大で失敗することが許されない」

いずれにしても調査委員長のパオリは現時点で完成していないレポートを公表するつもりはないと言っていますので、一瞬にして過熱した報道は急速に収まりつつあります。

ドーピングを取り巻くサッカー界の現状についても少し触れます。

NADA(ドイツ・アンチドーピング機構)によると2013年にブンデスリーガのプロ選手500人に対し行われた血液検査は39回。尿検査が534回。一方で自転車競技ではNADAが255回の尿検査に対し261回の血液検査を行っています。
国際大会でも似たような数字で、WADA(世界アンチドーピング機構)が500人のプロサイクリストに309回の血液検査を行ったのに対し、サッカーでは173回。
メッシがドーピングコントロールで尿検査と血液検査の両方を要求されたことに対し激怒したという報道がありましたが、ドーピングに関していうと尿検査だけでは十分ではないことをZeitが記事にしています。

UEFAが来年からバイオロジカル・パスポート(生体パスポート)を導入するという報道もありましたが、依然として他のスポーツ、特に自転車競技に比較するととてつもなく検査体制が遅れている印象があります。
サッカーにはドーピングの効果が表れにくいので違反者も出ないという説もよく聞きます。今回もシュトゥットガルトのスポーツ・ディレクターであるドゥットが「ドーピングはサッカーでは意味がない」(Doping im Fußball – Die große Verblendung”)と発言をしました。
しかし残念なことに、現時点であまり効果的ともいえない検査でもドイツサッカーの下部リーグでは、昨シーズンくらいからB検体で陽性反応を示して禁止薬物が検出される選手もで始めています。

 





私は自転車競技も好きなのですが、自転車競技と同じ基準でサッカーのドーピング検査を行ったら、いったいどのような結果が出るのだろうという興味はあります。
ちょうどこのブログをアップしようとした数時間前に、UEFAの医療委員会が新ドーピング検査手法を承認したというニュースも出ました。

ただし自転車の世界でのドーピングを見ると、いまやバイオロジカル・パスポートですら検出できないマイクロドーシングへと移行しているというレポートも出ています。(“The UCI publishes Cycling Independent Reform Commission report”のCIRCレポート参照)

いずれにしても、フライブルク医学調査委員会が最終報告を出すまでこのドーピング疑惑がクリアになることはないので、気長に続報を待ちたいと思います。

 

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11 17 2014

2014年3月の記録:パーダーボルン対ディナモ・ドレスデン

【ドイツ・スペイン観戦旅行記2014 vol.1】

今年の3月にドイツとスペインに観戦旅行に行ってからすでに半年以上がたってしまいました。今更感があるのですが、やはり自分の記録のために残しておきたいので、他のエントリーと並行してぽつぽつ始めたいと思います。
3月の旅程はこんな感じでした。あいかわらず一つのところにいないで、試合を求めて転々としてしまいます。

フランクフルト空港 → パダボーン → ミュンスター → マドリード → ケルン → ベルリン → ゲルゼンキルヒェン → フランクフルト空港

今回は初めて羽田から出発する深夜便を利用しました。かなり前から予約をしていたのですが、出発をする1週間くらい前になって何となく日程を確認していたら、金曜日の仕事が終わってその夜1時過ぎに発つ飛行機を予約したつもりが、金曜日の早朝、つまり木曜日の仕事が終わった夜の1時ということに気がつきました。もう大パニック。
虫が知らせたとしかいいようがないのですが、事前に予約を間違えていることに気がつかなければ、金曜日に仕事が終わって羽田に行き、自分の乗る飛行機は前日に発っていたというオバカなことをやりかねなかったという(汗)
会社には土下座して(してない)1日多く休みをもらいました。スマンカッタ。
そんな感じで波乱含みの旅行幕開け。

深夜便なので眠れなかったらどうしようと心配していたのですが、以前に処方してもらった睡眠導入剤を服用するとそのまま8時間くらい意識を失っていました。
ドイツに着いたのは朝の6時くらいでしたが眠気も全くなく、こんなに快適なら次回も深夜便を使おうと決意。

実はうっかり一日早く着く日程になったおかげで、金曜日夜に予定されていた試合も観戦できることになりました。(計画通り?いいえ違います…)
金曜開催でアウクスブルク対シャルケ、SCパダボーン対ディナモ・ドレスデンがあったので、どちらにするかずいぶん迷いましたが、やはり見る機会の少ないドレスデンも見てみたいのでパダボーンへ向かうことに。
一度ケルンに立ち寄って朝ごはんを食べ、さらにICEでパダボーンまで。

チケットは買ってなかったのですが、スタジアムの窓口に行くとあっさり当日券が買えました。この時は25節で、パダボーン3位、相手もけっこう動員するドレスデンだったのですが、まあパダボーンならこんなもんです。(さすがに一部に上がった今はムリですが)



早く行ったのは新しくできたオフィシャルストアに行ってみたかったからなのですが、すっかり忘れてスタジアムへ入ってしまい、結局18時半のキックオフまでだらだらと練習を見ていることに。

右はフュルトに移籍してしまったヴルツ。この時の試合で彼を直接見るまでそこまで良い選手だとは思ってなかったのですが、前線から献身的にプレスをするし、ファーストタッチもうまいし、スピードも早いし、ポジショニングも気が利いているしで、すっかりファンになりました。



左からハインロート、ツィークラー、ストローディク。
この頃にはまさかシーズン終了時にパダボーンが昇格するとは思ってみませんでした。昇格した今シーズンもほとんどの選手が残っていますが、この3人も主力として活躍しています。


2. Bundesliga, 2013/14, 25. Spieltag
SC Paderborn 07 – Dynamo Dresden : 2-1 (2-0)

Torschützen
1:0 Bakalorz (38., Rechtsschuss)
2:0 Wurtz (44., Rechtsschuss, Hünemeier)
2:1 Dedic (55., Handelfmeter, Rechtsschuss)

SC Paderborn 07
L. Kruse (3) – Heinloth (3,5), Strohdiek (3), Hünemeier(3,5), Bertels (3) – Bakalorz (2,5), Vrancic (3) – Kachunga (4,5), Brückner (3)(77. Hartherz) – Saglik (4,5)(86. Ziegler), Wurtz (4) (71. ten Voorde)

Dynamo Dresden
Scholz (3) – Menz (4)(78. Mar. Hartmann), Leistner (3,5), Bregerie (4), Schuppan (3,5) – Losilla (5) – Ouali (4), Fiel (5)(46. Dedic (4)), Kempe (4)(82. Trojan), Grifo (4) – Poté (5)

試合は38分にバカロルツの素晴らしいミドルシュート(行って来いミドルとも言う)でパダボーンが先制します。
さらに前半終了間際にはヴルツのダイレクトボレーでの見事なゴールで2-0に。
この二つのゴールを見ただけでもわざわざパダボーンまで来た甲斐があったなあと思いました。





この試合に行く前、ディナモ・ドレスデンサポが暴れたらどうしようとやたらと心配をしていたのでしたが、びっくりするくらいおとなしくてむしろ拍子抜けしました。
ただもちろん応援は迫力がありました。



試合終了後はさすがに疲れてホテルに戻ってぐったりしてしまいました。

 

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08 30 2014

広報担当が気になる

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最近妙にブンデス各チームの記者会見(プレスカンファレンス)映像を見ることにはまっています。内容は聞き取れる場合もあり、全く理解できない場合もあり。わからなくてもついつい見入ってしまうのです。
試合前の記者会見はチームによって少しづつスタイルは違うのですが、基本はどこも一緒で、だいたいチームの広報担当と監督の二人組。試合によってはスポーツディレクター、選手が参加する場合もあります。シャルケなどは広報、監督、統括責任者の3人ですね。
個人的にはこの広報(Pressesprecher/Pressesprecherin)と監督が二人で会見する映像の方が好みです。

ブンデスリーガの1部のチームで会見映像をフルでアップしてくれるところは少ないのですが、二部はかなりのチームがフルでアップしてくれます。見ているとたまに監督が質問にピキッと切れる場面や、『Ja』と短く答えたあとに微妙な沈黙がえんえんと続く場面など、時折ただよう緊張感が妙にたまりません。もちろん番記者的な人が質問をした時は、待ってましたと広報と監督がにこにこしたりという貴重な場面もあります。

毎回見ているとだんだんこの広報と監督の間合いというか、関係というのが見えてくるのも面白いです。
かいがいしく水をコップにいれてシュトライヒ監督に渡す広報がいたり、FSVフランクフルトやハンザ・ロストックのように監督が仏頂面なのでやたらと緊迫感のある関係に見えたり。あるいはニュルンベルクでは女性の広報だったり、レヴァークーゼンのようにどこの会社重役ですかという感じのおじさまだったり。

* 記者会見前に水を準備するフライブルクの広報担当・Rudi Raschkeさん。



* ニュルンベルクは珍しく女性の広報担当・Katharina Wildermuthさん。



* 若そうに見えるディナモ・ドレスデンの広報担当・Henry Buschmannさん。



* レヴァークーゼンはいい感じに重鎮っぽく見えるMeinolf Sprinkさん。



でも今、一番気に入っているのはグロイター・フュルトの広報担当者。Immanuel Kästlenさん。
だいたい緑っぽい服をきて、腕には目立つ緑の腕時計をしています。まだ若く25歳の彼は2012年からフュルトの広報で働いています。



なにが好きかって、この監督のクラマーさんとの絶妙な関係がとても好きで、いろいろな瞬間に、あー、仲がいいんだろうなあというのを感じさせてくれます。

気になり始めたのは、3週間前、ニュルンベルクとのフランケンダービーの前に行った記者会見映像でした。この試合前にフュルトのアゼミ選手が交通事故で重傷を負い、フュルトの関係者にとって精神的に参っている状態でのダービー前会見でした。私もアゼミの怪我の状態が知りたくて映像がアップされるとすぐに見に行きました。
そしてなんだかいいな、この兄ちゃん…と気に入ってしまったわけで。
たぶん緑チェックのシャツもチーム愛を感じさせてくれるし、アゼミの事故に集中しがちな質問を「試合に関して何かありますか?」と言っていつもより早めに終わるよう仕切ったりする手際の良さも気に入ったのかも。
フュルトはマメに選手紹介やいろいろな映像を公式YouTubeにアップするので、広報の仕事ぶりにはわりと好感をもっています。




ドイツ以外ではポチェッティーノが監督をしていた時のサウサンプトンの記者会見が好きでした。これもいつも男二人。といっても監督の隣にいるのは広報ではなく通訳です。彼が監督のスペイン語をパキパキした英語で訳すのが本当にかっこよくて、よく記者会見のライブ映像を見ていました。
ポチェッティーノがスパーズに移ってしまってこの二人の絶妙の間合いが見られなくなったのがすごく残念。



とりとめもない話になってしまいましたが、要するに広報と監督が記者団の質問にてきぱきとと答えていく風景や、監督が忘れていることをちゃんと広報がカバーする仕事ぶりを見るのが好きなのね、きっと。
日本のJリーグでも試合後の記者会見映像のライブ配信かフル配信をぜひご検討ください。私が喜ぶから(笑)

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06 24 2014

ザンクト・パウリと”Viva con Agua”

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ザンクト・パウリは誰もがよくご存じのとおり非常にユニークなサッカークラブで、バルセロナが言う「Més que un club」(クラブ以上の存在)というのは、個人的にはザンクト・パウリのことだよなあと常々思っています。

地域社会やボランティア活動との結びつきも深く、クラブ会員やサポ、パウリの選手たちはさまざまな社会活動に携わっています。その中の一つ、“Viva con Agua de Sankt Paul”は、清潔な飲料水の入手が困難な国にきれいな水を届けるため、やはりドイツのNPO団体であるWelthungehilfteと協力しあって慈善活動などを行っています。
またサブカルチャーや若者の音楽活動にも親和性が高く、コンサートやパーティ、ファッションショー、サッカーの試合、マラソン、展示会などさまざまな活動をして募金を集めます。

彼らのウガンダでの活動を取り上げたZDFのドキュメンタリーがとても面白かったのでご紹介します。前後編2時間の”BLU UGA: Marteria & Maeckes in Uganda”というドキュメンタリーです。
水プロジェクトについての真面目な側面だけではなく、サッカーシーンでもよく見かける壁を使ったストリートアートや、若者に人気のヒップホップの世界なども楽しめます。
また、ウガンダはスワヒリ語以外に英語が公用語なので、見ていても比較的わかりやすい(3割くらいは英語)ドキュメンタリーにもなっています。



活動の場所はウガンダ。今回このプロジェクトに参加したのは、まずはViva con Agua Sankt Pauliの創設メンバーであるMarcel EgerとMichael Fritzのふたり。Egerはかつてザンクト・パウリでプレーしていたサッカー選手です。さらにZDFからはこのドキュメンタリーを担当するReinar Maria Jilg。眼鏡をかけた陽気な人がそうです。

こちらはドイツのヒップホップスターであるMarteriaと写真家のPaul Ripke。
Marteriaは新譜の”Zum Glück in die Zukunft II”がドイツのアルバムチャート1位を獲得したほどのとても人気のあるラッパーです。



アフリカは初めてと語るミュージシャンのMaeckes。彼はViva con Aguaの活動にはすでに6年ほど参加しています。

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そしてストリートアーティストのAchtern。彼もここ数年Viva con Aguaと活動を共にしており、ドキュメンタリーの中でもスプレーを使ったストリートアートを披露してくれます。



欧州各地の70の音楽祭で、Viva con Aguaの協力者たちが10万以上のカップを集めて水資金を調達、彼らはまずイスタンブールからウガンダのエンテベに飛びます。さらにそこから8時間かけてリラというウガンダ第3の都市に到着。
翌日はさらに車で500人ほどの村へ。この村にはWelthungehilfteとViva con Aguaの力ですでに水のポンプが設置されています。



地元の人たちの歓待を受けるメンバーたち。
ポンプを設置する前までの生活と設置後の生活の様子や、水委員会の運営の仕方の話なども非常に興味深いです。近くに水をくむ場所ができる前まではかなり遠い所まで水を汲みに行かなければならず、村の人たちはその頃に比べると幸せであることを語ります。

翌日には首都のカンパラに移動し、地元のスポーツジャーナリストたちとサッカーの親善試合を行います。
このドキュメンタリーで人間的な魅力を発揮するミュージシャンのMarteriaは、もともとはハンザ・ロストック・ユースのサッカー選手。現在ドイツU-21代表監督のルベッシュが指導していたころのU-17代表にも呼ばれているほどの選手です。

試合前に真剣にポジションやゲームプランについて語り合う元サッカー選手ふたり(手前がMarteria、奥がMarcel Eger)。アフリカはだいたい戦術がひどいからとか言ってます(笑)。



一方で対戦相手のジャーナリストは自称ミヒャエル・バラックがいい味を出しています。
「私のポジションは9番、10番、7番と11番と中盤。試合?私たちの方が勝つだろう。理由1、ディシプリン。理由2、このピッチに慣れていないぶん、私たちの方が有利に決まっている」と胸を張るバラック氏は、こう見えて試合でも2ゴールを決めております。



試合は5-3でパウリ・チームの勝ち。ウガンダチームに先制されて本気になったのか、Marieriaは3ゴールをあげる大活躍。



ウガンダの旅はさらに続きます。まだ水の施設が設置がされていない村では、地元の女性に交じって水汲みを手伝います。
重い水を汲み上げ、頭で運ぶ作業にふらふらのMichael。川の水は決して清潔とはいえず、体調を崩す子供たちは自転車に乗せて10キロ離れた病院まで連れて行かなければなりません。
それでもウガンダの人たちの暖かい歓待や踊りには、なぜか見ているだけで心が晴れやかになる力があります。



再び戻ってきたカンパラでは地元ウガンダのラッパーと組んで音楽の録音やミュージックビデオの撮影。
さらにゲーテ・インスティトゥートでのライブやストリートアート。

Marteriaは上にも書いたようにロストックの元選手で、ドキュメンタリーの中でもロストックに対する愛について語っています。しかしザンクト・パウリとロストックは「神と悪魔」の関係と言われるほど犬猿の仲。
ライブではそんなMarteriaのために、Viva con Agua “Sankt Pauli”が一夜限りのViva con Agua “Hansa Rostock”に早変わり。



なんとも素敵なドキュメンタリーで、私はすっかり気に入ってしまい、ワールドカップの録画もそっちのけで3回も見てしまいました。
なにがそんなに惹きつけるんだろうと考えたときに、サッカーのシーンはもちろんのこと、スプレーでのアートや、音楽や、ファッションや、そしていろいろなことを楽しもうという精神がたっぷり詰まっているドキュメンタリーだからかなあという気がします。ウガンダのラッパーや小さな子供たちのリズム感あふれる踊りも素晴らしいです。
なんだか幸せな気分になるので、ぜひ機会があれば見ていただけると嬉しいです。
なおこのドキュメンタリーの中で撮影されているミュージックビデオはこちらです。Blue Ugandaはいまのところ日本のiTunes Storeで唯一買うことのできるMarteriaの曲です。(Zum Glück in die Zukunft IIも素晴らしいからiTunes Storeで売ってほしいわー)



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