Archive for the 'Schalke 04 Episode' Category

02 23 2016

ドイツサッカー好きによる前半戦レビュー



シーズン前に今季のプレビューを書いたサイトで、シャルケ前半戦の総括編を書きましたので、こちらにも転載いたします。
少しタイミングが遅くなりましたが、後半戦が始まる前に出したので、内容も現時点では多少のズレがあるかもしれません。
こういう機会をいただくと、シーズンを客観的に振り返ることができ、個人的にもすごく良いなと思います。毎回、お忙しい中、時間を割いてまとめていただいている暁さんに感謝です。

 
応援するクラブの前半戦の総括と後半戦の展望について

シャルケの前半を終えた時点で6位というのは、思った以上に良かったと評価している。チームを作る過程を考えると、もう少し下位で折り返すことを想定していたからだ。17試合で8勝6敗3分は昨シーズンの成績と全く一緒だが、内容とチームへの期待は昨年よりはるかに上向きで、ウインターブレイクを迎えた。

シーズンが始まり、3節のヴォルフスブルク戦で不甲斐ない敗戦をした後、ドラクスラーが移籍した。ブライテンライター監督は彼を失ったことによる質の低下は否めないとコメント。にもかかわらず、チームは次のマインツ戦からヨーロッパリーグも含め6連勝し、そのうちの5試合はクリーンシートという好調さを見せた。

ドラクスラーの移籍でチャンスをものにしたのがマックス・マイヤーだ。ポジションをそのまま引きつぎ、4節以降13試合全てに最初から出場している。また怪我に泣かされ続けてきたゴレツカも、4節以降ほぼ全試合でプレー。積極的な姿勢にはチームをリードする選手と監督の評価も高い。
昨シーズン後半はゴールのなかったチュポ=モティングも、ようやく得点のリズムを取り戻しつつある。特筆すべきはリロイ・ザネの急成長だろう。5節からの3試合連続ゴールでチームを勝利に導き、スターティングメンバーに定着した。若手選手がそれぞれに巡ってきたチャンスを生かし、6位という結果を後押しした。

シャルケの前半戦を4つの流れでまとめてみる。

1)プレシーズンからドイツカップ一回戦、リーグ1節から3節

開幕が近づくにつれ、チームにはプレッシングを含めた組織的な動きが機能し始めたように見えた。シーズン前にシャルケ公式サイトでヘーガーは、『もう何年もこの形ではプレーしたことがない』と、プレスやカウンタープレスに不慣れな状態を明らかにしている。そこから短期間で形にしていくのは、例えばクロップ時代からプレッシングの下地のあるドルトムントが、トゥヘルのような監督を迎えるのとは全く違う難しさがある。

ドイツカップ一回戦でのデュイスブルク戦、またブレーメンとの開幕戦では、後ろに引かない高い位置でのサッカーが機能し、新しいシャルケを期待させた。ところが3節のヴォルフスブルク戦は、これまでが嘘のような内容となった。消極的なプレーは、中心選手の移籍騒動がチームに影響を与えていた可能性もあるかもしれない。

2)代表ウィーク明け4節から9節

4節以降、チームは再び活性化した。基本はガイスとゴレツカを並べた4-4-2、あるいはガイスをアンカーに据えた4-1-3-2を併用。ディフェンスラインはセンターにノイシュテッターとマティプ、左はアオゴがポジションを確保し、右サイドバックはリーターとカイサラがほぼ交互にプレーした。2トップはフンテラールとディ・サントが多いが、チュポと2人のどちらかの組み合わせも試している。しかしこの期間、フォワードの得点は極めて少ない。
これまでになく平穏で、チームとしてうまく行っていた日々も、8節のケルン戦で3-0と完敗。その後の次期マネージャー問題で再びクラブ内外が騒がしくなっていく。

3)ドイツカップ、リーグのグラートバッハ二連戦から14節

グラートバッハ戦のファールでガイスが5試合出場停止。チーム構想を彼中心に考えていた監督としては頭の痛い問題だっただろう。ドルトムント、バイエルン、レヴァークーゼンとはガイスを欠いた状態で対戦した。
ドルトムント戦はフンテラールとザネのツートップでのぞんだ。結果は3-2で負けたが、シーズン当初から目指してきた攻守の素早い切り替えが、チームに浸透しつつあるのは十分に感じることができた。

4)15節ハノーファー戦、ELグループ突破から17節

勝ちきれないプレッシャーに苦しんだチームは、ヨーロッパリーグのグループステージ突破から再び浮上し始める。例年のように怪我人でメンバーを欠く中、幅広く選手にチャンスを与えながら、グループ首位で突破したことは評価されるべきだろう。17節ホッフェンハイム戦で勝利し、良い状態のまま前半戦を折り返した。

ウィンターブレイク中の課題として、ブライテンライター監督はインタビューで、クロスの質向上と、再びプレスをしっかりかけることをあげている。
チームとしての戦術的な縛りが徐々に緩んでくるのは、シャルケの長年の課題でもあるが、監督は「うまくいったという成功体験が少ない」ところに原因があると考えているようだ。
シーズン前から目標としている切り替えの早さは、数字上は傾向として現れている。昨シーズンは34試合中、カウンターからの得点は2得点だったが、今期は17試合ですでに7得点。



チームとして熟成するにはまだ時間がかかると思うが、後半も成長の過程を見守ることを楽しみにしている。

 
応援するクラブで後半戦に注目してほしい選手

冬の移籍市場では、珍しく名前のあがった選手を希望通り獲得する事ができた。特にニュルンベルクのアレッサンドロ・シェプフは予想外だった。ドイツ二部で前半を3位で折り返したニュルンベルクが、この時期に彼を手放すとは思ってなかったからだ。
バイエルンユース時代も早くから才能ある選手として注目を浴びていた。そのU-19時代にシェプフは、マイヤーのいたシャルケU-19とリーグマイスター決勝で対戦している。またホイビュルクともチームメイトだったことがあり、シャルケに馴染むのにそれほど時間はかからないだろう。
ニュルンベルクでは今期は右サイドハーフでプレーしている。ウニオン・ベルリン戦で見せた、スピードに乗ったドリブルからの思い切りの良いシュートが印象的だった。チーム全体にダイナミックな動きを与える選手として注目してほしい。

もう一人の注目は、怪我からようやく全体練習に復帰した内田篤人。彼がいつ試合に出場できるようになるかはまだわからないが、復帰すればサイドからの攻撃がさらに充実する事は間違いないだろう。

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09 05 2015

ここではないどこかへ

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この夏の移籍市場では、いくつかのチームのサポにとって信じられないようなことが起こりました。元ブレーメンのハントは長年のライバルチームHSVへ移籍し、グロスクロイツは最愛のチームを離れました。アロフスが99%残ると言っていたデ・ブライネは、マンチェスター・シティへ記録的な金額で移籍し、そのあおりを受けてドラクスラーがヴォルフスブルクへと旅立ちました…。
入団会見でヴォルフスブルクのマネージャー、アロフスは、デ・ブライネの移籍が起きなかったら、ドラクスラーの獲得が実現することはなかったと発言しています。

シャルケのサポにとっては衝撃的な出来事でしたが、さらにショックなことに、本人がシャルケを出て行く事を強く望んでいた事実が記者会見で明らかにされます。
ヘッキンク監督の近年の仕事ぶりは素晴らしいですし、CLでの活躍やリーグ優勝も狙えるヴォルフスブルクという選択は別にかまわないのですが、それでも移籍の裏側に『ここではないどこかへ』が垣間見えるところが、個人的に少し後ろ向きに感じる理由なのかもしれません。

実は7月にオーストリアにキャンプを見に行った時から、ドラクスラーは移籍したいのではないかという予感はありました。
練習中も時折どこか集中していないような表情を見せ、テストマッチのプレーにも、この程度でいいだろうというおざなりな様子が見られました。部外者が短い滞在期間でもそう感じたのですから、常に一緒にいるチームメイトや監督、スタッフには、彼の気持ちは多かれ少なかれ伝わっていたはずです。

そしてブライテンライター監督がシャルケに就任して以来、ドラクスラーに言及した数々の発言が、今回のことで腑に落ちたような気がしました。

キャンプ初期の頃にWAZに掲載されたインタビューで監督はこんなことを言っています。

彼への期待によるプレッシャーは極端なほどに高いと感じるので、そういったものから守りたいと思う。
彼はもちろん特別なレベルの選手になりたい、世界のトップクラスになりたいと思っている。その一歩のために一生懸命に働き、才能だけに頼るところから脱却することを期待している。


またFCポルトとの練習試合の後で、ユーヴェからのオファーをクラブが断ったニュースに関するインタビューではこんなことも言っています。

ユリアンにはとてつもない素質があり、違いを出せる選手だ。この2年怪我という不運もあった。彼と一緒に全員で良いシーズンを、彼も怪我なしでシーズンを送るチャンスでもある。多くの可能性があるだろう。


キャンプ当時にSportBildに掲載されたフンテラールのインタビューは、『So helfe ich Draxler』(ドラクスラーをこのように手助けする)というタイトルがついていました。もちろんプレーの上でのサポートですが、今となっては暗示的でもあります。

(もしドラクスラーに助言するとしたら)明確な目標を持って試合に臨むことを学ばなければいけない。今日はアシストとゴールを決めるとか。ピッチではこういう気持ちを自由に行動であらわさなければいけない。いい例がクリスティアーノ・ロナウドだね。



良いシーズンにするために全員がきみを必要としている。きみのためにサポートする。しかしもっと努力しなければ次のステップに行けないよ、というシグナルはずっと送られていたように思います。

数日前のWAZの報道によると、監督は初日からドラスクラー本人に、チームを出たいということを告げられていたようです。
それでも留まって成長のための努力を一緒にしようと呼びかけていた監督。いいタイミングでのオファーがあったとはいえ、その呼びかけは残念ながらドラクスラーの決意を動かすには至りませんでした。

結局のところ彼はまだ21歳で、自分でも自覚している通り伸び悩み、あまりに大きな期待を背負いながらプレーすることに疲れたのかもしれません。

2年前のGQ誌にドラクスラーとジョーンズがインタビューを受けている特集があります。ドラクスラーがユースから初めてトップチームに参加した時、ジョーンズが声をかけ、なにかと世話をしてくれたことが書いてあります。
またワールドサッカーキングのシャルケ特集でも、ドラクスラーはラウールに多大な影響を受け、面倒を見てもらったことを語っています。
今日のチームを見ると、彼が精神的に頼りに思うような選手は残念ながら見当たりません。むしろ自分よりも若い選手達が増え、引っ張る立場に立つ事が多くなっています。それも移籍へと傾いて行った要因の一つのように思います。

数年前、ハノーファーのエンケが鬱病で自ら死を選んで以来、選手も人間であり、たくさんの弱い部分をもっているという事実が徐々に受け入れられてきました。記者会見での発言や、Facebookでの素っ気ない最後の挨拶を見ると、今のドラクスラーには自分の心を守るための防衛本能が働いているようにも感じます。
どうしても出ていきたいと追い詰められていた彼に対し、最終的に移籍という救済が与えられたことは、もしかしたら良かったことなのかもしれません。
ここではないどこかに青い鳥がいるのかどうかは、今の時点ではわからないけど…。

私にとって今一番の心配は、ドラクスラーのことよりも、彼が出て行った後のシャルケがどのようになるかです。
ブライテンライター監督が自ら選んだ道とはいえ、ますます困難になってきたシャルケでの仕事。

彼はパダボーン時代にも、誰にとっても耳に痛い正論を直球で述べたことがあります。昨シーズン、昇格騒ぎで大いに盛り上がった練習場とユースセンターの建設計画が、そのまま具体化されないまま数か月放置された時のことです。監督は自らの立場が危うくなるのではと心配になるほどクラブを強く批判し、それをきっかけに建設が一気に実現に向けて動き始めたのでした。彼があの時に発言しなかったら、パダボーンというクラブの傾向からして、計画は空中分解していたと思います。

同じことが今回のクラブ批判でも感じられます。監督の「クラブとその周辺はなぜユリアン・ドラクスラーが去ったか疑問に思わなければならない」という発言はまさに正論です。若い有望な選手が半ば燃え尽きたような表情で出ていってしまうことがなぜなのか、残念な出来事からしっかりと学び、根本的に正さなければいけない時期に来ています。
ユースを育てるだけでなく、トップチームでどう才能を開花させるか。クラブに関わる人々が真剣に考えなければならない命題だと思います。

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06 13 2015

ブライテンライターさんがシャルケの監督に就任



昨夜は帰宅後、なぜか急にパーダーボルン昇格記念DVDが見たくなり、いままで流す程度だったビデオをじっくりと見ました。昇格した2013/14シーズンを、選手やクラブ関係者、監督のインタビューを挟みながら振り返るドキュメンタリーです。34節までのハイライトを堪能し、昇格した時の嬉しかった気持ちをなんとなく思い出したりしました。
そしてまさに見終わった直後に、ブライテンライターさんがシャルケの監督に就任したというニュースを目にしたのでした。なんというタイミング・・・。

5月末にはパーダーボルンの事務所で、フィンケ会長とボルンSD、ブライテンライター監督の三者会談があり、その時は監督はチームに残りそうだという報道がされていました。それだけに、昨夜はまさかの急展開に気持ちがついて行きませんでした。

個人的には、ブライテンライターさんがいつかシャルケの監督になってくれればいいのに、という願いは持っていました。パーダーボルンの後、ブンデスリーガの中堅クラブで経験を積み、それから縁があってシャルケに来るというのが理想だったのですが、監督はいきなり大変な状況のシャルケを引き受けることになりました。

報道にもありますが、ブライテンライターさんは元々は第一候補ではありません。シャルケの一番の希望はアウクスブルクのヴァインツィール、それからベルギー代表監督のヴィルモッツ。ブライテンライターさんはその次でした。

キッカーによると、クラブ側も彼に対し今一つ自信を持っていなかったようですが、予備会談の段階で、監督はシャルケが抱える本質的な問題点に対する詳細な分析を準備し、他の競争相手よりも強い印象を与えたようです。

2013/14シーズンから2年間、パーダーボルンでブライテンライター監督を見てきました。一言でいうと不屈の人です。そして天性なのか、後天的に身につけたものかわかりませんが、そのポジティブな考え方は周りに強い影響を与えます。正しいやり方で真面目に努力をすれば、自分にもできるのではないかという自信を、選手だけではなくファンからも引出してくるのです。そういう意味ではモチベーションを上げ、それを維持させるのがとてもうまい人です。

シャルケに比べると雑音の少ないパーダーボルンですら、なかなか結果が出なかった就任当初は、途中で解任を求める声もありました。試合を見続けていれば、チームがよくなっているのははっきりとわかるのですが、それでも勝ち点が取れずに下位に沈めば、どうしても不安に思う声も多くなります。まして監督はパーダーボルンに来る前は、ハヴェルセというアマチュアのチームでの経験しかありません。
正直私もこの監督で大丈夫なのかと思ったことがあります。終了間際の失点がなかなか減らなかった時期に、選手が「時間をうまく使って失点を減らしたい」と真剣にコメントしているのに、「終了間際の失点はメンタルが大きい」という監督の談話がキッカーに掲載された時は、ずいぶん能天気な人だなあと思ったりもしました。
しかしウィンターブレイク中のキャンプで守備を組織的に整備し、後半戦はクリーンシートの試合も増え、最終的にはクラブ初のブンデスリーガ昇格という結果を勝ち取ります。引き分けでも順位の入れ替わる最終節でしたが、見事に勝利して自動昇格を勝ち取ったメンタルの強さは、この1年で監督が浸透させたものです。

翌2014/15シーズン、昇格はしたものの、降格候補ナンバーワンだったパーダーボルンを「究極のアウトサイダー」と称し、無力な子羊を装いながら、実は残留するための綿密な準備はおこたりませんでした。
シーズンに入る前のトレーニングキャンプでは、チームビルディングと体力作りに専念、サッカーらしいトレーニングを始めたのは、キャンプもかなり終盤にさしかかってからでした。
やり方としてはまず到達点を見定め、そこから逆算する形でトレーニング日程を組み立てていきます。おそらくシャルケでも、キャンプ当初はテストマッチの結果が伴わないと思いますが、彼の場合、過程はあくまで過程でしかなく、目指すビジョンははっきりと持っています。それはいままでのシャルケの監督にはなかったものだと思います。

シャルケのマネージメントにはいろいろと思うところはあります。特にフクスやバルネッタが、チームを去った後に語ったことが事実だとすると、あまりに誠実さと信頼関係の欠けた態度のように思えます。
ブライテンライターさんがパーダーボルンで成功したのは、彼だけの力ではありません。感情の起伏が激しく失言の多いフィンケ会長も、いざとなると全面的に監督をバックアップしました。またスポーツディレクターのボルンさんは、ブライテンライターさんに100%の信頼を与え、彼のよき理解者としてサポートしました。
シャルケが再びクラブとして輝くためには、マネージメントの方々がブライテンライターさんを信頼し、全面的に支持してあげることが不可欠だと思います。
彼と一緒に笑顔で2015/16シーズンを終えることを心から願っています。

(戦術的な部分については、現在2014/15シーズンレビューを他で準備しているので、そちらで触れたいと思います)

 

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11 19 2014

11Freundeに掲載された内田コラムについて

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ドイツのサッカー雑誌「11Freunde」の156号は「選手が作る11Freunde」というテーマで、ドイツでプレーする選手たちが様々な文章を寄稿しています。
そのうちの一人にシャルケから内田選手が選ばれたことは、シャルケのファンとしても、また「11Freunde」というサッカー雑誌のファンとしても嬉しいことでした。
日本とドイツの文化の違いやシャルケでプレーする意味などを率直に語ってくれた内容は、最初に読んだ時にとても心を揺さぶられました。できるだけ多くの人に読んでほしいなあと思い、仕事から帰ってきては作業をし、3日くらいで訳し終わりました。



雑誌に掲載されている事なので、個人のブログとはいえ許可を取った方がいいかもと、まず11FreundeのWebにあったお問い合わせ先にメールを送ると、すぐに自動応答で「順番に処理するのでお待ちください。急ぎの方は下記のメールアドレスに直接送ってください」といくつかのメールアドレスが送られてきました。
そのうちの一つへさらにメールを送ってみると、「12月5日まで休暇を取っています」という自動応答メールが…。1ヶ月もー(笑)
しょうがないから待つかと思ってさらに1週間。
ふと何気なく迷惑メールボックスをのぞいてみたら、11Freundeの他の方から返信が来ているではありませんか。どうしてgmailはお問い合わせへの返信メールをたまに迷惑メールに振り分けるの(汗)

「実は日本語に訳してくれる人を捜していたんだ。11Freundeのサイトに載せてみる気はある?その後でキミのブログに載せるというはどうだろう」

返信の内容はこんな感じのかなり軽い乗りのメールでした。もちろん大好きな11Freundeに載るなんて願ってもない事で、慌てて適当に訳していた文を読み直し、夕方にはメールに添付して送付。その後もなんどかやり取りがあった後、掲載してもらう事が出来ました。
先方には日本語がわかる人はなく、もし万が一めちゃめちゃな内容の日本語が送られてきてもチェックできる人もいません。ある意味すごいというか、適当な運営っぷりです(笑)

同じ内容なのでここには訳文はもう載せませんが、ぜひ11Freundeのサイトで読んでみてください。ちなみに手伝ったのは本文だけです。「内田篤人 彼の冒険ブンデスリーガ訳」とか「内田 篤人 ブンデスリーガのFCシャルケ04での日本への彼の方法」といった謎の日本語部分は彼らがGoogle翻訳を使ってひねり出したものです。ただこの不思議な日本語があった方が、そこがドイツ語サイトであることをなんとなく感じさせてくれるので好きです。
あと上の写真にもありますが、雑誌でも「ベ」という謎の日本語で始まっているのもたまりません。おそらく原文だと「Bevor」という文章で始まっているので、最初のアルファベットBをとって「ベ」を大きくしたんでしょうけど、意味不明すぎてかわいく思えます。



素晴らしいのはオリジナルにある内田選手の素直な言葉が持っている力だと思います。ニュアンスを残しながら日本語に移し替えるのは、こういう仕事をしているわけではない私にはなかなか難しかったですが、少しでもオリジナルの雰囲気を感じ取っていただけるとすごく嬉しいです。
そしていつかユリアンやシャルケのみんなが日本を訪れる日が来る事を願っています…。

 

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10 13 2014

ケラー解任をドイツ人はどう分析したか



ケラーが解任された後、いくつも新聞記事やコラムを読んだのですが、一番納得したドイツ人のブログをちょっと訳してみました。
この方は以前からシャルケの試合を戦術面から解説するコラムを書いていて、これまでずっとケラーについては良い面を強調しつつ書いていたのですが、今回は非常に辛口です。

私も監督在任中はできるだけ良い面を見るようにし、監督批判は避けたいのですが、一度新しい局面に物事が動いた時は、これまでの問題を棚卸ししてみないことには先に進めません。
ケラーのサッカーを見てなんとなく感じていたことを彼が説明してくれたおかげで、かなり頭の中がすっきりしました。

ケラーさんは人間的には本当に素晴らしい人で、全く悪く思うところはないのですが、監督として見た時にいくつも解決できない問題を抱えていたように思います。
良い人だった、結果もそれなりに出していた、でも解任された、クラブが悪い、ではなく、今後につなげるためにもKarsten(Twitter ID @KarstenTS)の意見を紹介してみます。

(前段は飛ばします)

信条:ディフェンスの安定性

ケラーは失点をとめるという任務を持たされていた。しかしこれは2014年後半をのぞいてほとんど満たすことができなかった。大部分はトランジション(Umschaltspiel)の問題だった。筆者の2013/14のブログを見ると、シャルケはカウンターからの多くのゴールをつかまえることもなかったが、カウンターを通して得点することも少なかった。数多くの試合でディフェンスにおける切り替えは問題だった。今シーズンははるか手前に残っているか、あるいは素早く戻りきれずにいた。

特にサイドバックは攻撃的な役割でプレーしていた。これはケラーの元でもモダンフットボールでも珍しいことではない。安全の確保はいつでも与えられるわけではない。対戦相手が中盤でボールを持つと、センターバックの前には投げ出されたボランチが一人だけということがよく見受けられた。
コレクティブなゲーゲンプレッシングは最初のうちは見られた。シャルケがグラートバッハに負けた時は華々しいものだった。昨シーズンの前半はシャルケはほとんどリーグの射的小屋のようだった。

長所:ディフェンスの規律

昨シーズンの高い失点数とカウンター攻撃の影響の受けやすさを、実際の守備における動きと混同してはならない。シャルケはいったん基本的な守備の秩序を見つけると非常に安定した。ケラーのもとではいつも4人の列を二つ作り、前の二人の選手がボールを運ぶ選手を見るか、あるいはパスのオプションに向けて走ったりした。4-4-2か4-4-1-1かは対戦相手か定義の仕方による。シャルケは特に昨シーズンはタイトでコンパクトにプレーした。

シャルケはピッチを小さく使う。選手はボールについて位置を動かし、4バックの双方がボールのあるところへと動き、ち密なディフェンダー同士の網で前へのチャンスを引き寄せようとする相手をブロックする。その時にはシャルケは典型的にほぼピッチ半分だけをカバーする。つまりボールだけである。これにより明らかにボールから離れたところにあるウイングはフリーになるが、ボールを持っている選手も走らせることで、ダイレクトなサイドチェンジをしばしば不可能にした。逆サイドでボールを持った相手に対しては背後に走り捕まえた。網をくぐられた場合はそのつどパスの受け手にプレッシャーをかけた。

この遅らせてプレスをかけるというのはとても受け身である。要するに対戦相手を走らせるけれども、めったに本当の意味での一対一(Zweikampf)に巻き込まれることはなく、ただ注意を払うだけである。この考えはシンプルだ。すべてのZweikampfは負けることがある。ボールを失えばディフェンスにおいては魚の網に穴があいたようなものだ。敵は遅かれ早かれパスをするか、プレッシャーに耐えかねてリスクをおかすので、そこでシャルケは攻撃に出ればいい。

パスのチャート図を注意深く見れば、シャルケはペナルティエリアでパスの数がとても少ないのがわかる。また失点も普通の試合では比較的少ない。だがケラーのパッシブなプレッシングはしばしば批判を受けた。メンタルの欠如あるいはそのようなものとよく結論づけられた。確かにシャルケはプレッシングのリーグと言われるブンデスリーガの中では例外的にパッシブ(受け身)だが、そこまでひどくもなかった。賞賛された後半戦ではシャルケは部分的にはプレッシングに積極的だったが、それも長くは続かなかった。

弱点:グループ戦術

アグレッシブなプレッシングをするにはケラーのシャルケにおいては根本的に大きな問題があった。グループ戦術である。一人以上の選手が同時に合わせて動く時にはいつもグループ戦術から話をする。シャルケはボールを保持してる時もそうでない時も、動きが調和することはめったになかった。この問題があると、対戦相手が倍に増えたようになるし、ビルドアップにおいてはひどく邪魔である。俗にしばしばメカニズムと言われるものだ。これがほとんどなかった。

例えば、ボランチがどのように攻撃をするか一貫したプランはほとんど見られなかった。例外はある(バーゼルやドレスデン戦)が、それでもその時だけですぐに消えた。最終的には自分たちで決定をするという責任を負っているように見えた。サイドバックがウィングの後ろを走って上がる時だけが、このカテゴリーから外れているようだった。10番の動きと、どのようにボールを見込みのある位置におくかは完全にアドリブのように思えた。だからシャルケはビルドアップの試合でゴールチャンスを作るのが難しかったのだ。

同時にケラーは守備を安定させようとする衝動からカウンター攻撃の習慣をやめた。結果として少ない人数で実際にカウンター攻撃になることはあった。チュポ・モティングとマイヤーには当てはまらなかった。しかしドラクスラーやファルファンはボールと共に前に疾走し、フィニッシュまできれいにもっていくこともごくたまにあったが、これは全て個人の力によるものだった。

融合 対 成長

ケラーがいつもポジティブに評価されることは、若い才能ある選手をチームに融合させたことだ。これはうまくやっていた。彼のもとでドラクスラーは代表選手になったし、マイヤーやコラシナツ、アイハンはしっかりと成長し、次の選手たちも待っていた。確かに怪我人の問題はあったが、若い選手が押し上げたというのは言うまでもないことだ。

しかし同時にケラーは、若い選手の成長をさらに先へ発展させることができなかった。ドラクスラーは1年以上も停滞し、マイヤーが素早く意思決定できないという問題は、彼の最初のブンデスリーガでの試合同様まだ残っている。コラシナツのポジショニングは依然としてひどいし、アイハンに至っては後退しているように見える。

ケラーの元で自分を出すには思考力を使うことだ。グループ戦術の欠如で良かったことは、アドリブができ、もとからの才能を出せたことだ。ロマン・ノイシュテッターのように。他の選手にとっては少し複雑だっただろう、特にもし彼らがチームメイトと協調して試合をすることに慣れていると。最近ではサムが顕著だ。試合を重ねるごとに彼の素晴らしさは輝いてはいたが、それでもまだ活用されきれないでいる。

個人の上におこったことは同じようにチームの上にもおこっている。ケラーはあれこれと試してみては、3〜5試合後にはそれは消えてなくなった。先シーズン後半のゲーゲンプレッシングは確かにうまく行っていたが、後半5試合目でそれは消え失せた(対レヴァークーゼン戦)。個別のケースでは理由はあるかもしれないが、サッカー辞典を通せばチーム全体としては間違いであり、目標なしの成長というものはない。

シャルケはポゼッションのチームのようにプレーしたいと思っていたが、ボールポゼッションのコンセプトが欠けていた。カウンターを減らそうとしたが、めったに良いカウンタープレスをかけることができなかった。そしてケラーはいつも全く気づいてなかったが、サイドに集中されている時に4-4-2でクロスをあげることは価値がなかった。さらに誰も前にいない時にはクロスは意味のあるプロセスを作ることができたが、ではもし相手が4バックでクロスに対応できるディフェンダーだったとしたら。

ケラーはまたきついコルセットをはめて考えていた。いつでもフォーメーションへのアプローチはわかっているようだったが、ほぼテストマッチでのみだった。勝ち点のかかる試合ではかたくなに4-2-3-1でプレーした。交替する時は適正なポジションのみだった。ポジションについて違う解釈があるとしたら、個人の即興のみで、戦術的な必要性ではなかった。この問題で意味があったのはレオン・ゴレツカを試合に当てはめたことだろう。

結論:ケラーは時機を逸した

これは極端に聞こえるかもしれない。しかし個人的にはケラーを長く引っ張りすぎたのは失敗だったと思う。チームの成長は少なくとも途切れ途切れとなり、多くの根本的な問題においてケラーは答えを見いだすことが出来なかった。成功した後半戦を思い違いしたのは、ダービーでの勝利がすぐに去るのと同じようなものだ。彼は昨シーズンで勇退しておくべきだったのかもしれない。

(新監督に関する最後のパラグラフは省略)

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06 23 2014

よみがえったSchalkefan.de

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2013年3月、シャルケファンのMatthiasは38歳で病気のためこの世を去りました。風邪の症状で体調を悪くして1週間以内の出来事でした。
彼が亡くなったことは思い出すといまでも涙が出るほど悲しいけど、同時に彼のブログがもうこの先更新されなくなってしまったという事実がさみしくて、シャルケで何かあると、こういうときMatthiasだったらどんな風に考えただろうと、無性に彼の考えを読みたくなることがあります。

Bloggerとしてもたくさんのアイデアを持っていたMatthiasは、2012年欧州選手権の時にAnalogblogという企画を思いつきました。全試合についてブログに文章を書くのは難しくても、同じフォーマットにメモ書き程度ならみんなの感想を一目で見ることができる、というのがAnalogblogのアイデアです。リンク先にサンプルがあります。

この試合を表すにはどんな曲?という項目があったり、ドイツ戦ではシンプルに1 Torと殴り書きしている人がいたり、イラストを書き込んだり、各人の個性が感じられてとても面白い企画でした。

Matthiasのブログが最近になって更新されているのに気がついたのは、やはりシャルケファンのBeneのツイートからでした。




“Menschen sterben, Ideen und Erinnerungen nicht.”(人は死すとも、アイデアと思い出は死なず)
もう更新されることはないと思っていたMatthiasのブログは、友人たちの手によってワールドカップ期間中によみがえったのでした。

みんなに愛されていたMatthiasだからということもありますが、こうやって素敵なアイデアをつないでくれているシャルケのファンに感謝です。

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01 28 2014

シャルケのコレオの意味とHSV Plusという選択

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ようやくウインターブレイクが開けて、ブンデスリーガ後半戦が始まりました。
シャルケはHSVとの対戦。フンテラールが長い怪我から復帰してゴールをし3-0で勝利。試合に勝ったこともだけど、久々に良い内容だったことも嬉しいです。

ところでこの試合、シャルケ側のゲストブロックにはコレオが出されました。



コレオの文章にはチケットをめぐる『Faire Karten Preise』(公正なチケット価格)というのもありましたが、今回はそれよりも、『e.V. für immer』(e.V. フォーエバー)というのが気になったのでちょっと書いてみます。

e.V.というのはEingetragener Vereinの略で、日本語にそのまま訳すと『登録協会』ということになります。法人格を持つ協会(クラブ組織)で、ドイツの簡易裁判所において法人登録をします。またe.V.には社会に対する公益性が求められます。シャルケは正式にはFC Gelsenkirchen-Schalke 04 e.V.と言います。

ちょうど1週間ほど前、シャルケの公式サイトに下記の文がアップされました。

シャルケが現在のe.V.という組織から、KGaA(株式合資会社)へと替わるという話は次回の年次総会で議題にはせず、またCFOのピータースが『シャルケは民主主義ではない』と発言した事実も一切ないということが、この『KGaAをめぐる作り話』というタイトルの元に書かれています。

これに対し、サポが本当にそうなんだなと、さらに念押ししたのが今回のコレオです。
コレオの真ん中あたりをよく見ると『GmbH(有限会社)』『AG(株式会社)』などといった言葉がちりばめられているのがわかります。それに対してサポは、『e.V. für immer』というプラカードを掲げている図になっています。
シャルケのサポとして、将来のいついかなるときもずっと『e.V.』であり続け、例えばトップチームだけ別法人として利益追求を主体とする株式組織にするという選択は、シャルケというクラブの特別性を根底から覆すもので断じて反対であるという強烈な主張だと思います。

一方で、このコレオがHSVの試合前に出されたというのは実に興味深いことでもあります。

HSVもちょうど1週間前、シャルケとは別の歴史的な選択をしました。それはe.V.である現在の組織から、トップチームだけをスピンオフし、営利団体として法人化するという提案に対し、なんと79.4%のクラブ会員がYesの票を投じたのです。
HSV Plusという名前のこの改革は、再度6月に開かれる臨時年次総会で本採決されれば、トップチームのみが営利団体として株式を発行します。HSVがオープンマーケットに行くのかどうかはわかりませんが、将来的にはどこかの株式市場でHSVの株式が購入できる日が来るのかもしれません。
もちろん1887年からの長い伝統がそこなわれることを危惧する声もありますが、80%近いクラブ会員が移行に賛成しているというのは、ずっと低迷し続けているHSVの現状をなんとか変えなければいけないという危機感があるのだと思います。

HSVの選択。
シャルケの選択。

今後HSVがどのように変わっていくのか(あるいは変わらないのか)は個人的にも大変興味があります。

このあたりのクラブ組織の形態はなかなかわかりにくいのですが、ちょうどフットボールチャンネルに出ていた谷塚さんの記事とインタビューが理解の助けになるかと思います。

 
上記の文章はJリーグの例を取っていますので、株式会社が多いJリーグが非営利法人部分を持とうとする場合と、今回のように非営利法人であるe.V.から『株式会社』への移行を探るドイツとでは真逆のアプローチとなります。
育成などの非営利部門と、プロチームの営利部門のハイブリット型はドイツでは珍しいものではなく、『50+1-Regel』のWikipediaページを見ると、多くのプロチームがAGやGmbHといった法人格であり、その株主としてe.V.が存在しているのがわかります。

HSVのように伝統のあるクラブがトップチームのスピンオフを選択する中、シャルケはどこまでシャルケでいられるのかとても気になります。

 

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01 09 2014

シャルケのデジタルメディア戦略

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スポナビなどでドイツサッカーについての記事を寄稿しているダヴィド・ニーンハウスが、シャルケのデジタルメディア戦略について、マーケティング・ディレクターのトーマス・シュピーゲルに行ったインタビュー記事をWebにアップしてくれています。
昨年Twitterでも少し書いたのですが、興味深い内容なので加筆してBlogにもまとめてみます。

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開閉式の屋根や可動式の芝など、Veltins Arenaはヨーロッパの中でも設備の整ったスタジアムのひとつだ。アメリカやイギリスのスタジアムのように、2014年中に無料の無線Wi-Fiを設置することを考えている。おそらく億単位(円)のレベルの投資になるだろうが、現時点ではプロジェクトを内部で進めるか、他の企業とのパートナーシップでするか双方の可能性を検討している。

私たちはいつもスポーツにおける『2番目のスクリーン』というテーマを考えている。家にいるのと同じようにスタジアムでもネットを使う、これはファンにとっても大きなメリットがあるし、あらゆる点でプラスの効果があることを期待している。

ソーシャルメディアについても大きな意味があると考えている。2011年3月、私たちはパラダイムシフトを起こした。それまでは残念なことに全く気づいてなかったが、これ以降は大きな変化があった。Webやスタジアムマガジンといった他のメディアにも変更が加えられた。
『Schalker Kreisel』はブンデスリーガで標準となり、他のクラブもこれにならっている。また日常的なニュースの更新ではなく、バックグラウンド的なもの、美しい写真やストーリーを取り入れて付加価値を付けるようにした。

(オンラインでのスタジアムマガジンという点では)2009年から2011年までSchalker Kreisel にQRコードを使ってみたが、これに対する反応は一見してわかる程度のものだった。私たちはもっと現代的な手法をとることにした。その方が使用度を測ることができたからだ。
それがソーシャルメディアのプラットフォームを構築することだった。例えば、いろいろ分析した結果、Instagramを採用し、Pinterestは見送ることにした。この面ではドイツでは先行しているFCケルンから11月にトビアス・シュミットに来てもらい試行錯誤中だ。
私たちは革新的でありたいし、意味のあるものを提供したいが、もちろんクラブの哲学と戦略に沿った形で行わなければならない。

公式サイトを刷新するにあたり、イングランドのクラブのWebサイトをくまなく調べ、ベンチマークを測定した。技術革新という点ではそれほどの違いを見いだせなかったし、最終的にプレミアリーグではこの点はあまりサポートされていないことがわかった。
しかし私たちには真似できないほどの大きな影響力を持っている。彼らのサイトのアクセス数は時々は常軌を逸しているが、その理由はおそらくコミュニケーション戦略の違いであり、クラブからメディアへ出すものには制限をもうけ、自分たちのチャンネルで独占的にニュースを扱いたがるからだろう。

パラダイムシフト後、シャルケのメディア部門で起こった変化としては、コミュニケーション管理が重要になったことだ。チャンネルの頻度が上がれば、対処することも増える。コントロールだけでなく、双方向の交流やファシリテーターの役割も必要になってくる。これについては、FCケルンでトビアスがすでに経験を積んできた。

スタジアムでのビデオキューブ(スクリーン)は実際には昔ながらの広告やスタジアムテレビ用に設計されているので、私がWi-Fiについて話すときはスマートフォンのようなデバイスのプラットフォームとしてまず考えている。

私たちはTwitter Wallというものもスタジアムにおけるソーシャルメディアとして示している。LEDボード使ったソーシャルネットワークからのメッセージを広げる方法だ。もちろん内容はスマートで賢く、面白いもの、または興味をひくものでなければいならない。
アルント・ツァイクラーのラジオ番組や、Sportschau-ClubがTwitterとうまく連携した良い例だ。

ソーシャルメディアは金が稼げるかという点については、クラブとしていつも収益になるようなプロジェクトを考えている。ドイツでは、スペインやイタリアやイングランドのような課金のコンテンツ・モデルを実装するのはかなり難しい。
よそでは多くの広告がこの国よりも受けいれられている。もちろん、それは妥当なレベルでうまく埋め込まれていなければならないし、負荷が高かったり、不快であってもいけない。そこは私たちも慎重に探っている。

デジタル化については、個人的にはこういう発展を良いと思うべきなのかどうかで迷っている。
仕事で必要に迫られて、試合中にiPhoneをのぞくことがあるが、同時に『おい、ここに本当にサッカーを見に来ているのか?』と思ったりもする。

こういう発展により、最新のスタジアムでは雰囲気が損なわれるという可能性は排除できない。
(イングランドでは試合の間にスマホで映像が呼び出せるというのも可能だが)、スローモーション映像やリプレイは審判の決定に関する議論が激しくなるし、スタジアムの雰囲気にも大きな影響があるので、確実にDFLのためにもならないだろう。

Wi-Fiが整備されれば、当然クラブとしてどういうことができるか考える。『Call-a-bear』(その場でビールの注文)というアイデアも確かに面白い。
私たちはやってみたいアイデアをたくさん持っている。それが実用的で利益を生むものなら実行するだろう。メリットのあるものならコミュニケーションの手段として行われているだろうし、必要なければ消えるはずだ。

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シュピーゲルは、シャルケのプレスカンファレンスなどを見たことがある人なら必ず見覚えのある、向かって左隣に座っている眼鏡をかけた人です。

2009年にあったパラダイムシフトというのは、マガトがシャルケにやってきてから行った改革のことかなと思います。ソーシャルメディア戦略にも着手し、またスタジアムでは『aufSchake』と、会員誌である『Schalker Kreisel』があったのですが、最終的には『Schalker Kreisel』という厚みのある会員誌に統一されました。
一時的にオンラインで過去のKreiselも見られる時期があったのですが、当時は確かにあまり需要がなかったのかと思います。今やればものすごいアクセス数だと思うけど・・・。



Facebook、Twitter、Google+、Instagram、YouTubeと、シャルケは2年くらい前からは想像もつかないくらいソーシャルメディアに関しては改善されてきたと思います。ただイングランドに比べて絶対数で負けてしまうのは、やはりドイツ語という壁もあるのかなという気がします。ドイツ語Twitterでもドイツ語・英語併記で書いたりしていますが、そうすると文字数での情報量が減ってしまうのは少し残念な感じかな。

Twitterではドイツやイングランドのクラブをいくつかフォローしていますが、個人的に好きなのはサウサンプトンFCの英語アカウントです。
試合の実況も的確ですし、Twitter以外では監督のプレスカンファレンスをYouTubeでライブで流してくれるところも非常に気に入っています。

それにしてもアレーナでWi-Fiが使えるようになる日が楽しみ。次に行くときは設置されているといいなあ。

 

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10 10 2013

セアド、マックス、レオンのトリオ・ザ・インタビュー

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だいぶ前の号ですが、SportBildにセアド・コラシナツ、マックス・マイヤー、レオン・ゴレツカの三人のインタビュー記事が掲載されていました。ちょっと興味深かったのでご紹介してみます。
三人三様の考え方があって、それぞれ特徴が違います。レオンはこの年でなかなか外交官的な発言をしますね。
それにしてもマックス君はしゃべらない子ねえ(笑)



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スタメンについて

セアド: みんなそうこうするうちに馴染んできたし、うまく定着してきたと思います。誰がたくさん出場時間を得るか、ですね。

レオン: 今の時点で定位置を求めるのはやり過ぎでしょうが、僕たちはトレーニングの場でそういう論争を提供したい。そうすることで監督が問題なく僕たちを起用することができるように。僕たちは準備万端ですよ。

ユリアンは19歳ですでにお手本ですが?

レオン: 彼が来た道は僕らみんなが行きたい道だと思います。

若い選手は前はいつも大きな箱を運ばなければいけなかったようですが、横着になってきたりしてますか?

レオン: いいえ。僕たちはいつもトレーニングでは箱を運んでいます。それどころか箱は大きくなったくらいです。でも基本的には今は18だろうが25だろうが扱いは同じです。僕たちはチームにいて心地よさを感じるし、十分に溶け込んでいます。

アビトゥーアについて

セアド: 僕は自分の中級課程を終えて、それに続いて片手間にオフィスで働いていましたが、時間的に難しくなったことに気がつきました。それでサッカーを取ったんです。決して簡単な決断ではありませんでした。

マックス: 僕も中級課程を終えました。本当に難しかった。というのも昨年はU-17代表でたくさん出かけていて、僕は第10クラスを再履修しなければいけなかったんです。それで夏に学校をやめる決断をしました。ストレスは減りましたが、時々退屈です(笑)

レオン:僕がシャルケに移籍してきたのも、アビトゥーアをそのまま続けることができたからです。ボーフムの時と同じように学校に残ることができて、ものすごくうまくいきました。

シャルケではトレーニングの時間をほとんど変えたりしてないですよね?

レオン: ええ、その通りです。でもクラブには全面的にサポートしてもらっているし、週を追うごとに重要で意味のあるものになっています。

学校ではサッカー選手は実のところどう思われていますか?

セアド: マックスと僕は同じ学校へ行っていました。他のドイツ人が猛勉強しなければいけないときに、僕たちがトレーニングへと行かせてもらったりすると、当然ながら恨まれたりしました。

マックス: 一番ひどかったのはガラタサライと対戦した時でした。トルコ人の同級生もたくさんいましたからね。

レオンはどうでしたか?

レオン: 僕のために女の子たちが長蛇の列を作りました(笑)。いや、ないです、正直言って。まあアウエに6-1で負けて月曜日に学校へ行ったりしたら、一部のボーフムファンから当然なにかしら聞こえてきたりはしますね。

移籍でいろいろあった時は?

レオン: アドバイスしようとする人や、ののしる人や、何人かは確かに限界に来ていました。人は時間と共にそういうことをうまく処理することを学ぶものですよ。

ソーシャル・メディアについて

セアド: インスタグラムやツイッターはジョーンズだとかクラース・ヤンに聞くべきですね。Facebookはやっているけど、家族や本当に親しい友達とだけです。

10代でいきなり大金を稼ぐようになるとどうなりますか?

セアド: 好きなものが何でも買えるのが素晴らしいことは確かです。でもそういうことは僕はすでに職業訓練で経験しましたからね(ニヤリ)。

どういうことにお金を使うことが好きですか?

レオン: 僕たちは毎日買い物に行くわけではないです。でも自分に良い服を買ってあげるのは好きですね。何か特別なものを奮発して買うことができるのも素敵なことです。ほら、僕は正直です。

シャルケで年を重ねていきたいと思いますか?それとも他のクラブへ移るまでの通過点?

セアド: もちろんここでベテラン選手になっていくのは夢です。ここにはとてもたくさんの若い選手がいます。僕たちは数年のうちに何かしら作り上げたいし、そうできるでしょう。

レオン: 大きな展望を持った選手がたくさんいます。大切なのはいくつかの試合で上手くいかなくても同じように冷静さを失わないことです。

ドルトムントからも関心を寄せられていましたが、なぜシャルケを?

レオン: もう何度も言っていますが、シャルケに決め手となるものがあったのです。

ドルトムントでプレーすることはありえないですか?

マックス: 僕は、はい。

セアド: 僕も。

レオン: 僕もシャルケと長期の契約を結んでいます。ドルトムントは宿敵です。これですべて物語っているでしょう。

みんな代理人がいますが

レオン: 代理人はいろいろなことについて専門的なアドバイスをしてくれるし、選手に意味のある交渉をします。中には真面目に仕事をしない人たちもいますので、正しい選択をすることが重要です。
僕はたくさんの代理人と話をしました。そうすると、どういう関係なのか、信頼できるのか、そうではないのかすぐにわかるものです。それからが取引です。

同じようなひどい経験がありますか?

マックス: ええ。イタリアで代表の試合の時、バスに向かう途中で三人の代理人が無造作に話しかけてきました。

レオン: で、携帯電話をくれようとしてこなかった?13や14には確かにカッコいいと思うけど、そういうことで引っかかるんですよ。

マックス: 13や14でもう話しかけられるというのはひどいですが、気をつけないといけない。

何かを決めるときはやはり両親の影響はありますか?

セアド: とてもあります。質問があるときや相談したいときはパパやママに最初に聞きます。彼らはいつでも僕の言うことに耳を貸し、全面的に信頼することができます。

マックス: 僕が最初に話すのは父親ですね。僕はまだ18になってないので(この時点ではまだ17でした)、いずれにせよ父がオーケーをしないといけません。

レオン: 決定をするのに相談相手がいないときには相談します。何かに署名しなければいけないときは自分に責任があります。だから少なくとも二つの意見を聞きます。家族は僕のことを知っていて、僕にとってベストのことをのぞんでいます。

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セアド君は怪我もあって今シーズンは少しで遅れましたが、ようやくアウクスブルク戦で今季初出場。マックスは同じアウクスブルク戦で初ゴールを決め、レオンも順調に試合に出場することができています。
個人的に彼らが23から25になる5年後がシャルケ勝負の年と思っています。
これからの彼らの成長を見守るのが本当に楽しみです。

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10 08 2013

ファーレンホルスト、シャルケU-16を語る

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一年前に再結成されたシャルケU-16チームは練習試合などで1年を過ごし、今季はランデスリーガのB2 Juniorenリーグに参加しています。昨シーズン、ケラーがトップの監督になった後、U-17チームを引き継いだファーレンホルストが今季からこのU-16チームを率いています。
彼はいまどのような仕事をしているのか、Schalker Kreisel Nr.5に掲載されていたファーレンホルストの1ページインタビューをまとめてみました。



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チームが(今シーズンは)勝ち点のために定期的に戦うことになってとてもうれしいよ。
モチベーションも全く違う。そういう数えられるものがないと選手にとっては簡単なことではない。昨シーズンの対戦チームはしばしばメンツを落としてきた。私たちとやっても別に何にもならないからだ。
今は対戦相手はべストの選手でのぞんでくれる。リーグでは高いモチベーションでシャルケを倒そうとしてくるのでね。

最初はリーグを見極めるのが難しかった。でもシャルケの目標はいつも最大の成功だ。だからできるだけ最短でヴェストファーレンリーガへ到達したい。今年そうなったら素晴らしいだろうね。リーグとは別に、子供たちにはさらにシャルケでプレーしていくにはどのような可能性が示されているか理解してほしい。

私たちの目標はできるだけ多くの選手をU-17へ上げることだし、そのためのステップを用意することだ。才能ある子らに、まだどこか欠けている部分をさらに成長できるような時間を与えている。
子供たちは私たちから試合経験を得たり、定期的に測ることでペースをつかんでいる。彼らはリーグではU-17のチームと対戦することもあるので、フィジカルについても学ぶことができる。
U-16年代は昨シーズンは多くの選手がブンデスリーガ-B-Junioren(U-17)のチームに上がった。

今のチームの準備期間に受けた印象からは、十分な結果を達成できると前向きだよ。みんな勢いと熱意があるね。学ぼうという意志も見せている。だがもちろんもっと伸ばしていくところはある。例えば戦術面や一対一での対応などだ。U-15からの選手も多く、また外部から来た子もいて、全体としてはうまく混ざり合っている。
何人か才能のある子はいると思う。彼らがU-17への候補となるかどうかは春にはわかるだろう。

(2012/13にケラーの後を継いで、U-17のドイツマイスター準決勝まで行った後にU-16を見るのは、表面的には退歩したように思えますがという質問に対して)
あのとき私にU-17を任せてくれたというのはものすごい信頼の証だった。今のU-16のポジションも私にとっては同じくらい大きなことだよ。最初はU-23のアシスタントコーチに戻るところだったが、自分の個人的な成長のためには(コーチより)監督として働く方が意味がある。シャルケが機会を与えてくれてとても喜んでいるよ。

Fußballlehrer(ドイツのサッカー監督ライセンスの最高位)のコースをできるだけ早く終えたい。クラブは全面的にサポートしてくれている。12月には願書の添付資料を提出するよ。
U-16では監督としての経験を積むことも継続していく。もし自分自身が私の監督だったら一番うまく機能することをね。

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いつの日かファーレンホルストがユースのチームだけでなく、どこかのトップチームの監督として指揮を執る日が楽しみです。(日本にももう一度来てー)

 

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