Kreiselの板倉選手インタビュー

板倉選手がシャルケに来てから約3か月。あっという間にディフェンスラインの救世主となり、チームの中心選手としてプレーしています。シャルケに来る前には五輪代表くらいでしか見たことがなかったのですが、いまや私もすっかりファンの一人です。代表の試合には何年も行ってなかったのに、板倉選手が選出されたので、さいたまスタジアムで行われたアジア最終予選を見に行くほどです。

正直ツヴァイテにはもったいないくらい良い選手だと思っています。シャルケが2部に落ちたときは、何としても今シーズン昇格したいと強く思ってなかったのですが(ゴメン)、今では板倉選手をキープするために絶対に昇格してほしいと思うようになりました。

ダルムシュタット戦に向けての新しいSchaker Kreiselに、板倉選手のインタビューが出ていました。クラブ会員に登録すれば全部読むことができるのですが、一部がシャルケのサイトにも掲載されていましたので、ちょっと訳してみます。


Ko Itakura im Kreisel-Interview : Big from Japan

Q: 2019年に欧州へ向けてマンチェスター・シティへの第一歩を踏み出しました。彼らはどのようにあなたを知ったのですか?

A: U18日本代表として海外の大会に参加すると、そこには様々なスカウトがやってきました。そればかりか、ある時シティは僕の試合を見るために日本まで人を派遣しました。問い合わせが来た時、こんなビッグクラブが僕に興味を持っていることに呆然としました。こんなチャンスはとにかく使わないといけません。

Q: しかしイングランドに行くかわりにオランダへとレンタルされました。契約した時にわかっていましたか?

A:  完全に。マンチェスターとの契約前に、FCフローニンゲンと2021年夏までのレンタルに向けた話し合いがありました。驚きはありませんでした。

Q: 欧州へと導いてくれたクラブでは1試合も出られないという知らせは悲しかったですか?

A: いえ。別に悲しくはなかったです。まずはフローニンゲンでのレンタル契約をもたらしたので、この移籍は自分の成長のために重要なステップだと思いました。欧州のスポーツ界に足場を固め、自分の力を証明するチャンスを与えてくれたのです。今、自分がここにいて、このような素晴らしいクラブでプレーできているのは、マンチェスターでのごくごく短いステップのおかげです。

Q: あなたは欧州ですでに3年プレーしています。他国で最も大きかった障害は何でしたか?

A: 最初の頃は意思の疎通をはかるのに苦労したことを鮮明に覚えています。英語は一言もわからなかったし、欧州の言語構造はアジアのものとは根本的に異なります。うまくこなすまで少し時間がかかりましたが、文化的な独自性にとらわれるよりもそちらを重視しました(笑)

Q: 2019年以降、家族との連絡はどのようにしていますか?

A: 家族は時々訪ねて来てくれました。でもそんなに長くいられないので、少し寂しいと思うこともありました。家族には日本での仕事もありますし、電話では頻繁に話をしています。

 

マンガについてや、彼が典型的な日本人と自分は異なっていると思う部分、あるいは内田選手が彼をどう評価しているかなどの続きはクラブ会員になって読んでね、とのことです……。

 

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