11Freunde 内田記事・再掲

11Freundeがリニューアルをして、以前掲載してもらった内田君の記事にアクセスできなくなってしまいました。せっかくなのでこちらにも再掲載します。これを出してもらったときは本当に力不足でした。間違いだらけでシャルケにも内田君にも申し訳ないことをしてしまった。この機会に全面的に書き直しました。読むとあの頃のシャルケの熱気が伝わってくるような気がします。

11Freundeに掲載された内田コラムについて

 


「欠かせないサッカー観戦にソーセージ、フライドポテトとビール」 

 2010年に日本からゲルゼンキルヒェンへ来る前、ドイツでうまくやっていけるだろうかともちろん考えてみた。「カルチャーショック」のようなものを受けるだろうか、新しい生活に慣れるにはどれくらいかかるだろうか。最初のトレーニングではまず別のことに驚きを覚えた。日本のプロチームでは外国人選手は3人しかプレーできないが、僕の新しいチームメイトは海外からたくさん来ていて、ドイツ語以外の言葉も話されていることに気がついた。

 選手がお互いに、あるいは監督とも議論することにもびっくりした。最初は喧嘩をしているのかと思った。日本から来た僕は、どうしてトレーニングでこれをするのかと、監督に尋ねることができなかった。それどころか、わかってもいないのに、自分の考えを言うことすら不可能だった。僕たちは子供の頃に控えめにするよう教えられる。だから最初は彼らが互いに頭をぶつけあっているように見えた。今はもう前向きに話し合っているだけということを理解している。時間が経つにつれ、共通の目的を達成するためには、こういうやり方で一つまとまることもあるということを学んだ。自分から参加していくのはまだ難しい。僕は誰に対しても多くを語らない。だからだいたいはドイツの議論文化から安全な距離をとって見ているし、チームメイトの広い背中の後ろにいる方が好きだ。これまでに監督と直接話したのは一度か二度。もちろん議論のためではなく、そうすべきだと思う状況だったから聞きに行ったのだ。僕はシャルケにはけっこう長くいるので、チームメイトもみんなも僕に合わせてくれている。ピッチの上では存在感を出し、自分の考えも言う。でもグラウンドを出れば僕にとっては終わったことだ。

 日本代表のチームメイトの多くが、ブンデスリーガやヨーロッパの他のリーグでプレーしている。だからよその監督の指導スタイルや、選手同士の付き合い方の違いも知るようになる。実際に僕よりも社交的な日本人選手はいる。でも代表にいる時、僕たちはやっぱり日本人らしくふるまう。控えめというのは日本ではポジティブに捉えられているし、僕もその通りだと思う。

 それ以外の僕にとっての大きなテーマは食べ物だ。選手としてドーピングコントロールを最初に受けた時は、瓶ビールが用意してあった。僕はドイツにいる、ということを悟った。そのうち、カレーヴルストとフライドポテトとビールがサッカー観戦によく合うことも知った。ドイツのシュニッツェルも好きだ。日本のトンカツよりも薄く、衣をつけた豚のシュニッツェルは、食べやすい大きさに切って、キャベツサラダと一緒に出てくることが多い。シャルケのチーム食ではあまりないけど、ミルヒライスも好きだ。でも正直言うと、それ以外のドイツ料理は日本に比べるとかなり脂分が多いなと思う。胃にたまるので、とんでもなくお腹が一杯になる。最近ではトルコのケバブに落ち着くこともある。すぐにできるし、サラダもたくさん入っている。ゲルゼンキルヒェンではたまに中華料理やイタリア料理にも行く。ラッキーなことに、デュッセルドルフには大きな日本人コミュニティと日本料理のレストランがあって、ゲルゼンキルヒェンからもあまり遠くない。週に何度か食事に行くけど、そこではほとんど日本食しか食べていない。でも僕はデュッセルドルフには引っ越さず、ゲルゼンキルヒェンに住んでいる。古典的な意味での美しい街でないことは確かで、まさに炭鉱地方そのものだ。僕はここが好きだ。チームで一緒に炭鉱の坑内にも行った。そこでは畏敬の念を抱くと同時に、強い印象を受けた。シャルケのようなクラブでプレーするなら、どのような伝統があるかを知らなければならない。それがどれほど重要かは、シャルケに来てすぐ説明を受けたので気がついた。その時から「Glückauf」がどういう意味なのかも理解している。ただ僕は学校でルール地方について聞いたことがあったので、なんとなく予習ができていた。日本から来る友達は必ず「ああ、これがルール地方ね」と言う。

 ゲルゼンキルヒェンで好きな場所はブーアーにあるシュロス・ベルゲ近くの公園だ。湖と緑と木立のある緑地が気に入っている。僕たちはそこを負けた試合の翌日に走ることが多く、その時は緊張した雰囲気になったりする。日本では勝った時も負けた時も、それほど大きな差はない。ドイツではその違いをより強烈に感じる。シャルケのようなクラブでは、サッカーに対する熱意が、日本で僕たちが持っているものよりはるかに強い。観客がゴールやシュートだけではなく、パスや一対一にも呼応するのはすごくいい。あらゆることが観客の反応を引き出し、選手はそこに幸せを感じる。僕個人はネガティブな反応は気にならないし、サポートがあれば選手はさらに先に行くこともできる。

 僕が日本で所属していた鹿島アントラーズにも、ゴール裏で歌い、チームを励ましてくれるファンがいる。でもシャルケではスタジアム全体がそうしてくれるんだ。チームに来る半年ほど前、初めてこれを経験した時に思った……ここでプレーしたい!って。 その気持ちは今に至るまで変わっていない。

 ドイツと日本の文化的な違いはあっても、人々はけっこう似ている。僕たちはまじめで、責任感が強く、時間を守る。ドイツ人もだいたいそうだ。もちろんいくつかの点では日本人の方が綺麗好きだというのは言わせてもらうよ。ここではよく運転手が吸殻を車から投げ捨てている。僕たちはそんなことはしない。試合後のスタジアムをよく見てみたら、席にはたくさんのごみ、空のコップや容器、紙切れなどが見つかる。僕たちは小さい頃からごみは持ち帰りましょうと育てられた。だからトレーニングの後で片づけをするのかも。ボールを集めたり、ゴールを元に戻したり。日本にいても、年齢的に自分でやらなくてもいいはずだ。シャルケでもいつもほっといていいよと言われる。ただ、こればかりはそういうものだと思っている。

 ドイツがこんなに楽しいと思えるのは何といっても友達を見つけたからだ。ここでは僕は一人ではない。チームでの一番の友達はユリアン・ドラクスラーで、ロッカールームでは隣同士だったから、最初から仲良くしている。お互いをからかって、彼のことを「Schatzi」(大切な人に対する呼びかけ)と呼んだり。僕のクレイジーでいかれたドイツ語を理解するのはユリアン一人だけだ。

 残念ながらドイツ語はまだ思うようにうまく使いこなせていない。だから一昨年のファン感謝デーの時には、あまり意味もわからずにこんなことを叫んだ。「Leck mich am Arsch, danke」(俺の尻を舐めろ)。いい意味でないことはわかっていた。ロッカールームで言うといつもみんなが大笑いするからだ。だからファンの前で言っても笑いが起こるかどうか試してみた。反応があるかわからなかったから、受けて嬉しかった。

 ほとんどのドイツ人はたぶん知らないと思うけど、僕のあだ名にはちょっと変な意味が二つある。「Uschi」は日本語では「牛」と同じように聞こえる。ドイツ人がそう呼ぶのは気にならない。ドイツでは女性の名前であるウルスラの愛称であることも知っている。でも日本人に「Uschi」と呼ばれるのはそんなに好きじゃないし、全然納得がいかない。

 長い間ずっと心を占めていること。それは、チームの仲間を日本に連れて行って、僕の国を見せたいということだ。東京では浅草の大きなお寺を見せれば、きっと日本の伝統文化に感銘を受けるだろう。それからクラブがたくさんある夜の街、六本木に連れて行く。もしかしたら大相撲にも行って、あと間違いなくサッカーの試合にもだ。シャルケのような大きさは確かにないけど、サッカー愛にあふれるクラブがいくつもあるよ。

 たぶん最初にユリアンを実験動物として連れ歩くかもしれない。彼は準備万端だ。ユリアンは航空券を買ってホテルも予約していたけど、怪我で来ることができなかった。その埋め合わせをできたらいいだろうな。そんなことをよく考える。

11Freunde #156 Original Text by Atsuto Uchida

 

 

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