Moritz Volz : ロンドンの男(サッカー編)

前エントリー『Moritz Volz : ロンドンの男(生活編)』の続きです。
ザンクト・パウリでプレーしているモリッツ・フォルツの本『Unser Mann in London』から、サッカーに関することを中心にまとめてみました。

アーセン・ベンゲルがアーセナルの監督になったのは1996年。
フォルツがアーセナルに移籍したのは1999年。フォルツはアーセナルではプレミアリーグの試合に出ることはなかったのですが、改革の始まっていたベンゲル時代のアーセナルを経験します。

2000年リーグカップ3回戦でフォルツはプロの試合にデビューします。対戦相手のイプスウィッチに1-1で前半を折り返し、彼はベンゲルのハーフタイムの使い方に初めて遭遇して驚きます。

Wenger redete nicht. Er stand zwischen uns und wartete, sicher fünf Minuten, bis wir uns einigermaßen gesammelt hatten.

 
初めの5分間、ベンゲルは何もいわずに選手たちが精神的に落ち着くのを待ちます。(『ジャイアントキリング』で似たような場面があったような・・・)
ドイツでは監督はふつう、ハーフタイムには控室に駆けつけ、批判や指導、改善のための提案を荒れ狂う滝のようにほとばしらせるものですが、ベンゲルは5分間黙っていたあと、3つか4つくらいの点について、変更しなければいけないこと、サポートしなければいけないことについて言及します。
それからベンゲルは前半でキーとなった3つの象徴的なシーンについてビデオを見せたのでした。

フォルツによると、このやり方はマインツのトゥヘルなども取り入れているそうです。脳研究者によると、言葉よりも映像の方が内面に届きやすいのだとか。

Gehirnforscher haben Tuchel erklärt, dass der Mensch Bilder viel leichter verinnerlicht als Worte.

 
フォルツは20歳の時、フラムへ1年半のレンタル移籍をします。ちょうど稲本と同じ頃ですね。一瞬だけ本の中にも稲本が出てきますが、英語ができないのでいつもにこにこしているという残念な記述です(汗)。

当時のフラムの監督はクッキーこと、クリス・コールマン。(コールマンけっこう好きだったなー。現在はギャリー・スピードの後を受けてウェールズ代表監督に就任しています)
本の中にもベンゲルとの違いがたびたび出てきます。
たとえばアーセナルでは必ず『ベンゲルさん』と呼んでいたそうですが、フラムでは監督のことは『クッキー』という愛称で呼んだり。

Bei Arsenal hatten wir immer “Mister Wenger” gesagt. In Fulham sagten wir Cookie zum Trainer : Keks.

 
トレーニングの違いについてはこんな風に書いています。

みんなが思うように、アーセナルの選手である僕たちにも、ベンゲルのもとでするトレーニングはベストだし、要求が多く、スピードも速いというのが根底にあった。それだけにフラムではもっと驚いた。トレーニングはバラエティに富み、アーセナルの頃より徹底していた。ベンゲルの時には僕たちはいつもミニゲームをやっていた。常に変わらない反復練習、できるだけ少ないボールタッチ、決められたコースへのパス。クッキーの元では様々なパスやシュートコースをやり、対戦相手に応じてその週のトレーニングで、ある時はサイド攻撃、ある時はプレッシングと重点を置いた。そしてよく11対11でフルコートの試合を行った。試合でのテンポはアーセナルの時より高めだった。アーセナルはCLなどで8日で3試合というスケジュールもあり、トレーニングを適量に分けたりしていたためだ。

 
またある時には、試合後のトレーニングに行くと、チームバスが待っており、クッキーは彼らを公園に連れて行きます。そこで軽くジョギングした後はみんなでなんと長々とカフェ!
フォルツはあまりにびっくりして、誰かれとなく電話をして、『知ってる?今日トレーニングで何をしたと思う?カフェに座ってお茶だよ!』と話したくなったとか。

フラムでのレンタル期間が終了した後、フォルツはフラムに完全移籍し、2009年までの5シーズンをフラムでプレーします。
その後、チームが降格の危機に直面したことでコールマンは解任され、フォルツはその次の次に就任したホジソンの信頼を勝ち得ることができず、イプスウィッチへローン。怪我で苦しんでいる間にフラムでの契約が満了し、2010年には所属クラブがなくなってしまいます。
シャルケの練習生としてキャンプに参加していたのもこの頃ですね。

サッカーファンとサッカー選手の違いについても率直に書いています。

プロ選手はファンにはなりえない。プロ選手の中には自分のサッカー選手としてのキャリアの前に、ファンであることもある。たとえばシャルケのマヌエル・ノイアーやBVBのグロスクロイツのように。この二人はクラブのサポだった時代の一体感をもっている。たとえば僕も同じような一体感をアーセナルとフラムに対して持っている。ただファンはクラブよりも大切なものはないと考える。プロ選手はそう考えることはできない。

 
取り上げたいエピソードはまだまだいっぱいあるのですが(リーグ初ゴールがプレミア15,000の記念ゴールだったこととか、ゴールパフォーマンスの練習だとか、イングランドサポのドイツ代表へ対する態度の変遷だとか)、長くなってきたのでとりあえずこのへんで。
日本語の翻訳はたぶん出ないと思うけど、英語で出版されることはあるかもしれません。

フォルツは昨日、ツヴァイテの最終節で今季2ゴール目を決めましたね。めずらしくKickerの採点も1.5と高得点!
パウリとは契約を更新しそうというニュースも目にしました。怪我をしないようにこれからもがんばってほしいですね。

Moritz Volz : ロンドンの男(サッカー編)」への2件のフィードバック

  1. 興味深いエントリーです。稲本がいた当時、フラムの試合は結構見ていた覚えがありますが、フォルツのプレーは殆ど記憶にありません(汗)。コールマンは大きな怪我で早くして現役を上がったので、当時はさぞかし威厳の無い若手監督だったのでしょう(笑)。

    選手とファンの違いについては自分の認識と同じです。選手が一体感を持ったチームでずっとプレーして、リーグ優勝を目指せる例はそんなに多くないでしょうし。選手にとって一番いい時期なんて5年とかでしょうから、一番活躍できる場を求めることは非難できません。ただ行先とサポへの対応は考えてねと。

    そんな移籍が付き物のサッカー選手、しかも外国人が家を買っちゃうのですね。ロンドンの住宅は高そうなのに。

    ちなみに謝辞を捧げている奥様はイングランド人なのでしょうか?

  2. >Nebbiolo1974さん、
    私も稲本がいたとき、けっこうフラムの試合は見ていたはずなのに、フォルツのことは覚えてない(汗)
    コールマン、あの頃、ほんとに若かったですものね。ほんとにお友達のような監督だったのでしょう。
     
    >ただ行先とサポへの対応は考えてねと。
    行先はけっこう重要ですよね。
    ま、サポの目から見たチームと、選手の目から見たチームとでは違うんでしょうけど。
    移籍するからには活躍してほしいというのと、そのチームで活躍されるとちょっと悔しいというのと複雑な気持ちもあります。
     
    奥様はドイツ人ですね。
    子供の時からの知り合いだそうです。

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