ドイツの「魔笛」は手ごわかった

ハンブルク州立歌劇場で、モーツァルトのオペラ「魔笛」を見てきました。日本でオペラを見ようとするとかなり高いので、欧州でタイミングが合えばちょっと見てみたい、くらいの軽い気持ちでした。チケットはオンラインで注文し、プリント@ホーム式で印刷できます。

演出を担当したイェッテ・シュテッケルさんは、ハンブルクのタリア・シアターで15年以上舞台を担当している新進気鋭の演出家です。オペラは専門ではなく、この「魔笛」は2016年が初演でした。

ハンブルク州立歌劇場はUバーンのStephansplatzから徒歩5分程度。建物の外観はわりとモダンで、私は全く違うクラシカルな建物をそうだと思い込んで目指してしまい、かなり遠回りをしました。

ロビー内で待っている人たちはカジュアルで、若者のグループが多かったです。観劇サークルかグループ鑑賞という感じです。クロークは地下にあり、エルプフィルハーモニーのようにお金を取られることもなく、無料で預けられます。終演後のコート回収も時間がかからずスムーズでした。

ドイツは風邪がはやっているのか、開演中もとにかく咳をしている人が多く、迷惑をかけまいとのど飴をしっかり用意していった私としては拍子抜けしました。(ただそれでちょっと気が楽に)

音楽が始まるとすぐに、一番前の席に座っていた赤いセーターの男性が両手をあげて苦しみ始めます。心臓発作のような様相で、サッカー場での突然死などをニュースでも聞いているだけに、すごく心配になります。男性の隣に座っていた女性が立ち上がって席から離れ、救急隊員を呼び、ストレッチャーが運ばれてきます。いきなりの不穏な状況に場内は騒然。ストレッチャーに乗せられた男性はそのまま舞台へと上げられ、救急隊員ごと渦巻く光の輪の中へ吸い込まれていきます。そこで初めて、あれ、これって演出だったの?と気がつきます。

なにぶんにも「魔笛」というオペラの先入観が頭にあるだけに、この現代劇のような始まりにはすっかり動転しました。

あとで演出家のシュテッケルのインタビューを読むと、「タミーノは観客の一人であり、私たちの一人です。蛇とスポットライトによってステージに無理やり引っ張り出され、彼自身が全くロジックを理解していない世界へ至ります」とあります。なるほど、タミーノは巻き込まれキャラ、私たちと同じごく普通の存在。パミーナの肖像を見ただけであっさり恋に落ち、夜の女王に娘を助けてとお願いされてその気になるなど、確かに特別感はありません。その彼が試練を経て真実の愛を手に入れる成長の物語ということでしょうか。

老年から始まり、人生を回想するように、舞台にはタミーノとパパゲーノの二人の少年が登場します。オペラの中では彼らがだんだんに大人へと成長していく様子が描かれますが、「魔笛」にそういう要素があったかどうかわからず、見ながらいろいろ混乱しました。なにぶんにもオリジナルの話しか予習していなかったので、演出についていくのが大変でした。もしかしたら複雑なことを考えずに、ただ見たままを受け入れた方がもっと楽しめたかもしれません。

アリア自体はよく知っているものばかりで、舞台上部にドイツ語と英語の字幕が出ます。パパゲーノを演じるJonathan McGovernが素晴らしく、とても印象に残りました。「パパパの二重奏」だったかな、観客にも一緒に歌おうという試みもあり、若い観客の多かった客席は多少盛り上がっていました。

舞台には電飾を施した光のカーテンが垂れ下がり、これが美しく輝いて舞台を幻想的に彩ります。また夜の女王とザラストロがオーケストラピットの中で歌う時、その顔をモザイク状に色づけした映像が舞台に映し出される演出はとても新鮮に感じました。昨年池袋で見たベルリン・シャウビューネの「暴力の歴史」でも、スマホの映像を舞台に大写しにするという演出がありましたが、ドイツではわりと使われる舞台演出なんでしょうか。

あとで検索したところ、日本人の尼子広志さんという方も出演されていました。ハンブルク州立歌劇場に所属されているんですね。

真実の愛を手に入れたところで終わるのではなく、年を取ったその後まで描かれている「おとぎ話」は確かにあまりなく新鮮です。とはいえ、演出家の解釈をその場で咀嚼するには私に知識がなく、初めての生「魔笛」はかなり手ごわい印象を残しました。機会があれば再度チャレンジしてみたい。オペラではなく、シュテッケル演出の演劇でもいいかな。