侮蔑と制裁のアンバランスをめぐって

ブンデスリーガ第24節ホッフェンハイム対バイエルンの試合で、バイエルンのサポーターがホッフェンハイムのホップ氏に対する侮蔑的なバナー(横断幕)を掲げ、試合が一時中断するという事件がありました。

再開後から試合終了までの13分間、両チームの選手たちはボールを互いに回すだけで、抗議のため試合をする意思がないことを示しました。たまたまテレビで見ていたのですが、その異様な光景には少なからずショックを受けました。ただこれを「一部の愚かなファンによるもの」で片づけると、今後もエスカレートしそうな一連の出来事が理解しづらいと思うので、少し背景を説明してみることにします。だからといって、サポーターによる今回の手段に賛同するものではないことは明記しておきます。

ホップ氏への攻撃は、前節のグラートバッハとホッフェンハイムの試合でもありました。ハナウでの銃撃事件で9人が亡くなった直後の22日の試合でした。選手たちは喪章をつけ、試合前のボルシアパークでは、犠牲者への黙祷が捧げられました。グラートバッハのゴール裏からホップ氏を攻撃するゲートフラッグ(以下ゲーフラ)と、ドイツサッカー連盟(以下DFB)に対する抗議のバナーが出されたのは、後半開始直後のことです。すぐにゴール裏以外のスタジアム全体から彼らに対するブーイングが起こり始めます。

ゲーフラは白黒のホップ氏の顔が、銃の照準のような赤い丸十字に囲まれたデザインでした。十字はFadenkreuzと呼ばれ、スタジアムによってはネオナチのシンボルに該当すると、使用を禁止しています。なぜこのデザインが使われたかは後述します。

ハナウでの銃撃事件の直後ということもあり、照準で人の顔を囲んだように見えるゲーフラはあまりに衝撃的でした。48分にはブリッヒ主審がすぐに試合を中断。49分にはエベールSDとキャプテンのシュティンドルがゴール裏へ向かい、この時は掲示から5分程度で取り下げられました。ショッキングな絵柄により、ホップ氏への攻撃が大きく注目を浴びましたが、『グラートバッハのウルトラスの声明を読むと、サポーターグループの主眼はむしろバナーにあったようです。幕にはこのように書かれていました。

Kollektivstrafen abschaffen!(集団懲罰を廃止しろ!)」

集団懲罰とは、数人の違反行為により、何もしていないファンも含めて処罰をすることです。ブロック閉鎖や無観客試合が該当します。

この前日、DFBのスポーツ裁判所が、今後2年間、ホッフェンハイムの開催試合ではドルトムントのゲストブロックを閉鎖するという処分を下しました。これは2018年11月に一度下された執行猶予が、ドルトムントサポーターの再度の違反行為により取り消されたものです。この日、ボルシアパークで出されたFadenkreuzのゲーフラは、この時ドルトムントサポーターが出したデザインに倣っており、ファン全員を処罰するというDFBの決定に強く反対するシンボルとして採用されました。

集団懲罰(Kollektivstrafen)に対して、ドイツのサポーターが反発するのには理由があります。まだDFBとサポーターの対話が続けられていたグリンドル前会長時代に、集団懲罰は廃止すると約束されているからです。

ホッフェンハイム対バイエルン戦での出来事はこの流れによるものでした。良くも悪くもドイツのサポーターグループの結びつきは強く、抗議活動はしばしば連帯して行われます。

この日、ドルトムント対フライブルク戦では双方のゴール裏から、またケルン対シャルケ戦ではケルンサポーターから、集団懲罰の廃止を求めるバナーが出ました。

今回の抗議活動にホップ氏への侮辱がシンボルのように使われるのは、ドルトムントサポーターへの集団懲罰がきっかけであることをはっきりと示したいからです。

もうひとつの理由は、サポーターからのDFBに対する挑戦です。例えば第24節の週末、DFBはツイッターで、Webに掲載されたインタビューの告知をしています。インタビューからは『スタンドで差別的なコールを聞いたら「私たちはサッカーを見たいのだ」と対抗してください』という引用がされていました。この他人まかせなツイートは当然ながら波紋を呼び、DFBはすぐに謝罪しました。

わざわざホップ氏を使うことで、彼のようにDFBにとって大切な存在は手厚く保護をする一方で、集団懲罰によって一般のファンの権利をないがしろにしたり、選手への差別的なコールは見て見ぬふりをするのですねという、痛烈な批判を行っているのです。

こうして書いている間に、ウニオン・ベルリン対ヴォルフスブルク戦、ボーフム対ザントハウゼン戦で、同じようなバナーが出され、試合が中断しました。

FIFAによるガイドライン(PDF)』によると、このような差別的な事件が起きた場合、審判は3つのステップによって対処することが求められています。ステップ1は試合を止めて、場内アナウンスによる呼び掛けを行うこと。これは比較的よくみられる光景です。バイエルン戦のように、試合を中断して選手をロッカールームへ引き上げさせるのはステップ2であり、その先には試合中止という最終ステップがあるだけです。

フライブルクのシュトライヒ監督は、試合後の記者会見で質問に答え、「人々はこの国の重要な要素であるサッカーを愛しています。これが続くなら、私は試合を終わらせて人々を家へ帰します。このような状況を大目に見ることはできません」と発言しました。

侮蔑的なフラッグへの批判も強く、ゴール裏以外からは「ウルトラスは出ていけ」というコールが上がりました。

ただ、おそらく今後もこのようなゴール裏からの抗議は続くものと予想しています。

 

今回の事件に対する個人的な感想に近いものとして、Der Spiegel記者であるマルコ・フクスさんのコメントを引用し、この投稿を終えたいと思います。

ここ数年、ブンデスリーガのスタジアムを訪れた人は、クラブや個人に対するこのような侮辱を何百回と聞いたことがあると思います。この2日ほど前にDFBはソーシャルメディアで、スタンドで人種差別が発生した場合、その人に対して「私たちはサッカーを見たいのだ」と対抗することを勧めました。DFBのプレミアムパートナーSAPの共同創立者(注:ホップ氏のこと)に対する侮辱の場合だと、制裁はより広範囲に及びます。

ヘルタのジョーダン・トルナリガ選手が人種差別を受けた時、スタジアムではアナウンスもありませんでした。ヘルタのユース選手たちが人種差別を受けて試合を放棄しても、試合中止とは認められませんでした。これらの件でドイツのサッカーファンは、違法行為にもファーストクラスとセカンドクラスの犠牲者がいるという印象を持ちました。代表選手のティモ・ヴェルナーもまた、何の関係もなく「H*****sohn」と侮辱されなければなりませんでした。コールはホッフェンハイムのファンブロックから起こりました。そこでは対戦相手を性差別用語で侮辱したバナーが掛かっていました。ホッフェンハイム対バイエルンの試合で見たような、大きなジェスチャーで訴える審判や選手もいないままに。

もしこのような手順が新しい防護柵としてドイツサッカーに導入されるなら、サッカーは根底から変わるでしょう。全ての挑発、全ての悪趣味な言動が試合中断をもたらしたら、ブンデスリーガの毎節9試合はもはや90分では終わらなくなります。

一方でこの事件が、同じ様なひどい人種差別やホモフォビアに対処するための出発点となれば、それは良いことです。DFBやDFLは、ホップの事例で測られなければなりません。将来的には、性差別主義者、反ユダヤ主義者、人種差別主義者のバナーは全て試合中断へと近づけなければならないでしょう。全ての人に平等な権利。ハードルは高くにあります。とても高いところに。(“Plötzlich geht’s” 2020/02/29)