フクアリ10年に寄せて

市原臨海競技場が好きだった。他サポだけでなく、ジェフサポですら自虐的に、『Jリーグでも一、二を争うクソスタ』と言っていたけど、その当時、私はあそこがすごく好きだった。

臨海に行くと独特の空気が漂っていた。もしかしたらケミカル臭のする空気を独特と勘違いしていたのかもしれないけど、涙や歓喜や怒りといった様々な感情が、目に見えない気配となってスタジアムを浮遊していた。

いつまでも仮設だったゴール裏は、サポがとび跳ねるといまにも崩れ落ちそうにガタガタ揺れた。しかし臨海のメインスタンドから広がる青い空の解放感は他のどこにもないものだった。

蘇我への移転が決まった時、新しいスタジアムへはこの場所が記憶している空気は持っていけないのだなと思った。それが少し悲しかった。そしてサポが思い出をまた積み上げて、フクアリがいつか独特の場所になるといいなと思った。

こけら落としの日は雨だった。今でもよく覚えている。新しいスタジアムは少しよそよそしくて、最初のうちはどこに身を置いたらいいかわからなかった。一人観戦だったので、毎回場所を変えて自分が心地よく感じる席を探した。

そのうちホーム側のコーナー自由席二階が定位置となった。傾斜のある上層階はサッカーを俯瞰するにはもってこいだった。スタジアムで売っていたスターバックスのコーヒーを飲みながら見る試合は、どこか海外のようだと感じた。終盤に追い上げている時、さざ波のように広がる拍手の一体感。ゴールした瞬間の揺れるスタジアムを体感するには、そこはピッタリの場所だった。

今はまたスタジアムの別な場所で見ている。いつの間にか一緒に試合を見る仲間もできた。そこに行けば必ず誰かが待っていてくれる。

奇跡の残留をして、降格して、悔しい思いをたくさんして10年が過ぎた。フクアリは自分にとって新しいホームになっただろうか。

2005年最終節、5チームに優勝の可能性があった名古屋戦。他のクラブのことは関係なかった。ジェフはまず勝たなければいけなかった。1点リードされていたが、ロスタイムに阿部と坂本のゴールで勝ち越して試合は終わった。ナビスコカップでの初優勝も含め忘れられない年となった。

2006年浦和戦。中島浩司がいつものようにヒラヒラと浦和ゴール前に近づいて行くのが、まるでスローモーションのように感じた。そしてゴール。誰もが不思議なものを見た気持ちで勝利に酔いしれた。

同じく2006年のナビスコカップ準決勝・川崎戦。延長に入る前にサポが歌ったアメージンググレイスの一体感は、今でも昨日のことのように鮮明に憶えている。

2013年のガンバ大阪戦。フクアリの出来た年にジェフはナビスコカップ優勝、ガンバはリーグ優勝という初体験を分かち合った。二つのチームはなぜかこの日J2で対戦し、J1のチームのように戦った。

そして、2008年のFC東京戦。ほとんど望みのない状態で迎えた最終節。不思議と降格は頭になかった。それでも祈るような気持ちで見ていたレイナウドのPK。そして時間が止まったような谷澤のゴールの瞬間。

これがジェフサポが選んだフクアリ10年間で印象に残っている5試合だ。奇しくも私も個人的にベスト5だと思っていた試合だった。
なぜだかすごく嬉しかった。
名前も知らないジェフサポの誰かと思い出が共有されている。あの場所にいた誰かと。それがとても嬉しかった。

心に残る記憶が増えればそこにはきっと新しい空気が積み上がっていく。いつかここに昇格の記憶を刻みたいと思う。

…私たちのホームに。

フクアリ10年に寄せて」への2件のフィードバック

  1. 残念ながらセレッソは、ジェフとJリーグの舞台で入れ違いになることが多かったので、そんなにフクアリには参戦できてないのですけれども、訪れる度に、素敵なスタジアムだなあと思ってました。2006年の浦和戦はテレビ観戦でしたが、自分も印象に残っている試合です!

  2. >げんきくん、
    コメントありがとうございます!

    フクアリ、そういえば一緒に見にいきましたねー。
    他サポにとっても見やすくて臨場感のある良いスタジアムだなあと思います。
    大きすぎず、このくらいの規模のスタジアムってほんとにいいよね。

    2006年の浦和戦はほんとになぜかすごく記憶に残っている試合です。またあの場所に戻れるといいんだけど。(お互い頑張りましょうね)

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