70-80年代・ブンデスリーガでドーピング疑惑

先週のドイツにおけるブンデスリーガのドーピング騒動について日本ではあまり報じられていないようなので、わかる範囲でまとめてみました。(画像と内容に直接の関係はありません)

ドイツサッカー界を揺るがしたこの問題は、フライブルク・スポーツ医学調査委員会のメンバーであるアンドレアス・ジングラーが、3月2日に単独で出したプレスリリースが発端となっています。ジングラーによると、1970年代から80年代初頭、ブンデスリーガでドーピング禁止対象薬物であるアナボリックステロイドが、組織的に投与されていたとされる証拠を委員会が発見したというもので、具体的にVfBシュトゥットガルトと2部時代のSCフライブルクの名前をあげています。
さらに当時、フライブルクの医学界で指導的存在だったKlümper医師が関与していたことにも言及しています。 証拠となる資料は60ページほどで、フライブルク市公文書保管所から2014年の終わりに委員会に手渡され、2015年の1月から閲覧することができたようです。

調査委員会のレポート自体は元々2015年秋頃をめどに完成を目指していましたが、ジングラーのリークともいえるプレスリリースによって、未完成のまま注目をあびるようになりました。委員会のリーダーである刑法学者のパオリは、すぐにプレスリリースを出してジングラーの独断を批判、しかしながら同時に、彼の発表した内容に関しては正しいということを認めました。
今回問題となっているサッカー界での事件は70年代から80年代ですが、それよりも最近の90年代には、ドイツ全土を揺るがした自転車ロードレース界でのドーピング事件がありました。T-Mobileの前身であるドイツ・チームテレコムに対し、フライブルク大学病院のゲオルグ・フーパー医師などが、ドーピングを監視する立場にありながら自ら禁止薬物を自転車選手に与えていたというものです。ツール・ド・フランスで活躍したヤン・ウルリッヒをはじめチーム・テレコムの主要な自転車選手のドーピングが判明したことで、ドイツでは今に至るまで自転車ロードレースは壊滅的なダメージを受けています。(『広がるドーピング汚染 』 熊谷徹さんの2007年の記事より)

もともと調査委員会は、このような組織的なドーピングの舞台となったフライブルク大学の医学部門を徹底的に検証し、事実を洗い出すことを目的に設立されました。ジングラーのプレスリリースには、サッカーと同時に、ドイツ自転車連盟(BDR)が組織的にドーピングに関与していた証拠が見つかったことも書かれています。
3月2日の報道に対し、名指しされたクラブの一つシュトゥットガルトは、すぐに公式サイトで声明を発表。内容をまとめると、現時点でこのレポートの詳細なものは入手できていないのでコメントできないこと。また年度が古く検証が困難であり、Klümperがチームの医師であった時期はなく、しかしもちろんクリーンなスポーツであることを明確にするためにこの問題に関心を持っている、というものです。

なおSCフライブルクは今のところ公式の声明は出していないようです。シュピーゲルはドイツサッカー連盟とSCフライブルクが書類の閲覧を申し出たけれども、現時点では委員会に受け入れてもらえなかったと報じています。

なぜジングラーが単独での発表に踏み切ったのかという背景はわかりません。パオリによると、調査委員会はこれまでにもフライブルク大学の一部から数々の妨害行為を受けていたそうですが、そのあたりの大学側と委員会の駆け引きにかかわることなのかもしれません。

自転車でのドーピング問題については過酷とも言える姿勢でのぞむドイツですが、ことサッカーにおいては及び腰です。自転車ロードレースにおけるドーピングに対し、ドイツのマスコミがどのように失礼な態度で取材するかは、以前にシュピーゲルのインタビューで訳したことがあります。(「シュピーゲルの自転車に関するインタビュー」) また、サッカーにおいてこれまでに様々な噂があったけれどもうやむやになってきた経緯については、Zeitが興味深い記事を書いています。結論はタイトルそのままです。 「サッカーはあまりに巨大で失敗することが許されない」

いずれにしても調査委員長のパオリは現時点で完成していないレポートを公表するつもりはないと言っていますので、一瞬にして過熱した報道は急速に収まりつつあります。

ドーピングを取り巻くサッカー界の現状についても少し触れます。
NADA(ドイツ・アンチドーピング機構)によると2013年にブンデスリーガのプロ選手500人に対し行われた血液検査は39回。尿検査が534回。一方で自転車競技ではNADAが255回の尿検査に対し261回の血液検査を行っています。 国際大会でも似たような数字で、WADA(世界アンチドーピング機構)が500人のプロサイクリストに309回の血液検査を行ったのに対し、サッカーでは173回。 メッシがドーピングコントロールで尿検査と血液検査の両方を要求されたことに対し激怒したという報道がありましたが、ドーピングに関していうと尿検査だけでは十分ではないことをZeitが記事にしています。

UEFAが来年からバイオロジカル・パスポート(生体パスポート)を導入するという報道もありましたが、依然として他のスポーツ、特に自転車競技に比較するととてつもなく検査体制が遅れている印象があります。 サッカーにはドーピングの効果が表れにくいので違反者も出ないという説もよく聞きます。今回もシュトゥットガルトのスポーツ・ディレクターであるドゥットが「ドーピングはサッカーでは意味がない」(Doping im Fußball – Die große Verblendung”)と発言をしました。 しかし残念なことに、現時点であまり効果的ともいえない検査でもドイツサッカーの下部リーグでは、昨シーズンくらいからB検体で陽性反応を示して禁止薬物が検出される選手もで始めています。
 

私は自転車競技も好きなのですが、自転車競技と同じ基準でサッカーのドーピング検査を行ったら、いったいどのような結果が出るのだろうという興味はあります。 ちょうどこのブログをアップしようとした数時間前に、UEFAの医療委員会が新ドーピング検査手法を承認したというニュースも出ました。

ただし自転車の世界でのドーピングを見ると、いまやバイオロジカル・パスポートですら検出できないマイクロドーシングへと移行しているというレポートも出ています。(“The UCI publishes Cycling Independent Reform Commission report”のCIRCレポート参照)
いずれにしても、フライブルク医学調査委員会が最終報告を出すまでこのドーピング疑惑がクリアになることはないので、気長に続報を待ちたいと思います。

70-80年代・ブンデスリーガでドーピング疑惑」への2件のフィードバック

  1. とても読み応えのある記事のアップありがとうございます。これ最終的な検証結果をぜひ知りたいですね。個人的に、サッカーにはドーピングの効果は表れにくい説はあまり信用できないと思っています。

  2. >げんきくん、
    コメントありがとうございます!
    まだちょっとずつ報道もされているので、まとまったらまた続きもやりたいと思います。
    最終的な結果がどうなるか本当に知りたいですね。
     
    >サッカーにはドーピングの効果は表れにくい説
    ドーピングというと瞬発力や持続力やメンタル的な効果を考えてしまいますが、靭帯の手術などにも禁止されている薬が使用されるケースもあるそうです。それだと引っかかりそうなケースがありそうですね。
     
    オペラシオン・プエルトという自転車界のドーピング事件でスペインのフエンテス医師が逮捕されたときには、やはりサッカーチームの名前が具体的にあがり資料もあったようなのですが、そのままうやむやになってしまいました。ドイツではしっかりと事実を解明してほしいですね。

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